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日曜日, 2月 20, 2011

エクスクラメーション・トーキョ

朝はいつもカミーユが出て行く。夢のなかでも死闘をやっているようなのに。
ラストポエムという言葉が飛び交う同人誌を見せてもらう。
あおばさんの真空管ラジオがマクドナルドから乗り継ぎの電車で郊外へ流れて行く!
タラちゃんのように刈り上げて、美容院にて詩を読む。
はじめっから、東京では詩だ!
自分とは真横に町が流れて行く。人々の呟きは上下。
立体的になるには如何に?
熱湯から転げ落ち、ギブミーチョコレート忘れず骨は無いわけじゃあない!ダブルミーニングは無い!

日曜日, 8月 29, 2010

舞い踊る身体のかたちの

美学校にて 室野井洋子 ダンスワークショップ踊る身体参加メンバーによる 季節 舞い踊る身体のかたちの会 を見た。優しさが、緊張感のなかにある会だった。
会場はクーラーが無く、観客は密着して蒸し暑い。大ペットボトルの水を持ち込んで鑑賞する。お世辞にも快適とはいえない環境である。しかし自分らは意識を沈め、汗だくで沈黙した。

求めているもの。
それに向かって開いた身体。からだのかたち。
スカートがはじまる。
窓の外し方。
肩を打つ。
色気のなかで舞いあがらないわたし。

http://www.bigakko.jp/odori

月曜日, 4月 12, 2010

それぞれにとって可能だと思える

起き抜けに雨の不忍池を歩いた。朝湯をやっているという「燕湯」に入ろうと上野まで来たが、月曜はやっていなかった。I氏の個展をやっているギャラリーが休廊していたのもそうだし、我ながら実にドジだ。
不忍池は「しのばずいけ」という音の響きがぴったりくる静かな佇まいであった。周囲の喧噪をよそにという気持ちになって、心洗われた。園内を出るとすぐ下世話なビル街が溢れている。
しかし昨日とは打って変わって凍える寒さで、雨が辛い。不忍池の桜は散っていた。
それから目黒の町を歩いたときも川沿いには提灯が畳まれて積んであり、桜は散っていた。G氏に電話で連絡をくれたBちゃんがやっているお店へ。北欧の雑貨と服でムーミンがたたずむ。

森美術館のエントランスで更にG氏の友人らと待ち合わせ、僕も先日に東京でお会いしたIさんに声をかけ、皆 時間差で駆けつけて来て、森タワーの展望スペースを歩くなかで会う。「六本木クロッシング -芸術は可能か?-」は活気があって面白かった。思慮深く攻めてくる作品が多いように思った。森村泰昌の作品を連日見る。雨宮庸介さんの行為を続ける部屋は個人的に好きだった。観客が傍に立つことも意識される行為になる。ダムタイプの「S/N」が出品されていて、「芸術は可能か?」という言葉を浮かび上がらせた。
風が吹きすさぶ六本木ヒルズを駆け抜け、初めての顔ぶれで食事をした。G氏が繋ぎ合わせてくれた場は、それぞれにとって可能だと思えるものだった。
偶然にもIさんの誕生日で、皆でハッピーバースデーを歌う。
僕だけまたダッシュをかけて深夜バスに転がり込んで寝た。

http://siige.exblog.jp/
http://www.mori.art.museum/contents/roppongix2010/


日曜日, 4月 11, 2010

優しく丁寧な話も横にいる

ほとんど寝ずの東京。G氏と共に朝のバスで出た。彼の友達の面々に合流し、美術館やスポットを巡る。当たり前のことだけれども東京にはたくさんの人が住んでいて、生活が交差しているんだなぁと思う。見学という言葉が気持ちに馴染んだ。
東京都写真美術館にて森村泰昌「なにものかへのレクイエム」を見て、大河を思わせる個人衝動という歴史構造を思う。ビデオに惹かれる。写真は絵のよう。可笑しみと共にある緊張感は知的な圧倒だ。

押上で作られているスカイツリーを見に行った。
古びた商店街の空に、貼り絵のように塔は立っていた。来年の夏にはここが名所となって、テレビはみんな横長になる。ALL WAYS みたくなのは、ツリーじゃなく商店街のよう。もんじゃ焼きではなく、お好み焼きを食べた。

僕自身はリュックをバスに忘れたり、泊まるあての行き違い等々あったが気軽にしていた。北千住に安い寝床を見つけてずっと怖い漫画を読む。優しく丁寧な話を忘れないようにすると、自分を保つ夜になる。

http://syabi.com/contents/exhibition/index-4.html

http://www.tokyo-skytree.jp/
http://www.amazon.co.jp/yamikin_ushijimakun/

日曜日, 2月 07, 2010

island - NEW WORLD

千葉県 柏の「island」へ。
話や資料で見ていた作品群の実物を見ることができた。抜け落ちてしまうものは本当に多い。柏が遠いという話だって、そんな遠いこともない。新しい世界だってそんなもの。言葉が返ってこなくても彼らは言っていた。誰かと笑えると。
孤島は町にある。
みんな飛び乗り どんぶら行くのさ。

http://www.islandjapan.com/

土曜日, 2月 06, 2010

告白

君の目は私の目のなかを掘り返す。
暴きはしない。なかにあるものをただ見ている。
正直に言うと、と話し始めるだろう。
同意を求めるより先に、思いの熱量が向かってくる。
君は流れない。
屋根からは川が無く
目は、浮かべる君に押し寄せる。

名知聡子さんの個展「告白」を見た。
それから銀座ギャラリーで搬入仕事の手伝い。丑三つ時にタクシーで荒川を渡った。
オフィーリアよろしくを綴り、本を鞄に。

http://tkgallery.exblog.jp/12717450/

土曜日, 12月 26, 2009

視界に入りきらない大きな四角

東京都現代美術館で レベッカ・ホルン展「静かな叛乱 鴉と鯨の対話」鑑賞。
自動機械を用いた立体、映像、パフォーマンス、全てが真摯な詩心に溢れていて強い。文明批評と人間観察、自身への冷ややかな視点と、貶めることも奢ることもない自意識。
その一筋が自然に通った感触は、全く他の作家や他の展示の作品の印象を薄めるほどだった。
エントランスにあった井上雄彦の企画展示は漫画として面白いけど、美術作品の深みという要素は低い。漫画家の仕事だからそれでいいのかもしれないが。
こうした異なる作家の仕事を見比べることによって、構造の本質が見えてくる。

恵比寿の magical, ARTROOM にて「WORM HOLE episode12」なる企画展を見る。これには bnap05-06 へ共に参加していた西山弘洋氏が出している。昨夜も共にお邪魔していた。氏の作品は四角のキャンバスだけでなくクラフト紙の切れ端や、木っ端などにも絵を描き、壁面上で複数作品によって構成展示したもの。四角のほうが まとまった印象に見えるものだから、一部屋のなかに他の作家の四角い作品が多いと、どうも氏の展示が荒れたように見えてしまう気がした。本当はとても穏やかな選択を持っていると思うので、余計に思う。
木々の間を飛び交う描線の速度は 遅いのか速いのか、どうとでも見える。
あらゆる解釈は委ねられた。視界に入りきらない大きな四角を感じられるかだ。

焚き火に当たっていた24時間後には、名古屋へ戻る。新幹線の時間まで、皆で食事。渋谷に丸太小屋食堂なる店を発見。温かい感じで良かった。

http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/107/
http://www.rebecca-horn.de/index.html
http://www.magical-artroom.com/exhibitions/12wormhole/index.php
http://hirominishiyama.com

金曜日, 12月 25, 2009

東京にも焚き火

寝坊の大幅ロスにめげることなく東京へ移動。新幹線はあまりにも早く、東京まで来た感覚にならない。
このごろ薦められて読んでいた「貧乏人の逆襲」(著, 松本哉/2008)の現場である高円寺に行く。軽快なこの本で語られているのは二極化問題、管理社会、現代ではどこの町にでも当てはまるのだが、著者の松本氏が経営しているリサイクルショップ「素人の乱」は高円寺にあり、この素人の乱 自体が我慢ならない問題へアクションを懸ける現場なのである。
高円寺にまでも一瞬だ。ここの動きを体験するにはカフェやバーが開いている夜に来るのが適しているのだろう。先約があるので、ショップを見て DVDを買うに留める。ちゃぶ台三千円は安かった。近所なら買ってた。

高円寺を後にして、夜は中心から少し離れた郊外へ。画家Oさんのアトリエで行われる展覧会のオープニングプライベートパーティ。
たくさんの方が見えていた。絵描きにジャズピアニスト、詩人に主婦、体力のある方々。素晴らしき出会いに何度も乾杯した。
焚き火理論よろしく、皆で火を囲む。ありがたし。

http://trio4.nobody.jp/keita/

水曜日, 3月 25, 2009

Tokyo Navi でいこう!

「WONDER BANG!」@東京ワンダーサイト、「愛の過現未」@HIGURE17-15cas をはしご。
谷中ぎんざ の少し入ったところにあるうどん屋さんで レタスうどんを食べた。
「飲んだ後には最高さ」と薦めてくれる店主のおじさんは、「電話してくれたら開けておくから大丈夫だよ 十時までね。」と、優しさと厳しさを併せ持っていて、素敵だった。
ラップトップを持ち込んでの三人部屋で、思い返せば、僕は厳しさを持つことができなかったけど、優しさの前にはいた。ソファーベッドで就寝する。明日は早い。
今日は、ヒーローに、恋人、大きな先生と、きんさんぎんさんへの連想、純血姉妹たち、キャンディガールズにお会いできて楽しかった。がんばったねと自然に声が出た。

http://www.undicidecimi.it/wonderbang
http://www.bigakko.jp/news/index.htm#mar15_2
http://recommuni.jp/feature/index.php/20090318



土曜日, 2月 14, 2009

round. 遅い、楽しい、むず痒い、凛々しい、すごい、有り難い、眠い

十時過ぎに起床。やや遅い。
西新宿 ICC、「ライト・[イン]サイト—拡張する光、変容する知覚」展を常設展と共に見る。空いていたのをいいことに、常設にあった岩井俊雄の「テノリオン」でしっかり遊ぶ。これは最高に楽しい。ライト〜展は小粒のようでいて豊かで幅広い展覧会だった。光とは目についてのことだったのだ!少しデジャヴ。

世田谷、芦花恒春園駅で降りて「進める!荒井良二のいろいろ展」世田谷文学館にて。
絵本作家、荒井良二は 絵本、イラスト、音楽、立体、タイトルどおり いろいろな作品を作っている。けれど、絵本が絶対的な軸になっているのが否応無しに感じられた。
絵と言葉の出会い、その豊かな瞬間を絵本に呼んでいる。僕には手書きの文字がむず痒く思えたけれど、きっと言葉の運動神経が抜群に伸びやかなのだろうと思った。
原画と印刷の色、線の強弱などの違いを見比べる。技術的な調整がたくさんあるはず。夕方にオープニングライヴらしく、既に人が集まってきていた。
文学館の二階で船越保武の萩原朔太郎の頭部彫刻(1955)を見る。凛々しい。「猫町」(1935)の表紙絵は丸くて無邪気な猫の顔で、これも凛々しい。

義務であった撮影仕事及び、搬出などのサポートを順当に終える。
ヨーゼフ・ボイスの話とボイスを慕って集まってきた作家たちの話がすごい。
ボイスは何も言わずして全てを伝える教育をしていたのか。

本郷、トーキョーワンダーサイト。野田和宏「物・発動」、 真坂亮平「オニガワラウ」、 増子博子「行為の庭」の三個展をそれぞれの階で。オープニング後の飲み屋にも同席させて頂く。
作品と同じくな性格を当人からも受ける。それだけ自然体なのだろう。
山の手線が事故で止まっていたので、皆でタクシーに乗り合わせる。助かった。

帰りの車両では爆睡だ。ワープに入るのごとく。

http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2008/Light_InSight/index_j.html
http://www.yamaha.co.jp/tenori-on/index.html
http://www.setabun.or.jp/exhibition/arai
http://www.tokyo-ws.org/archive/2009/01/tws-emerging113114115.shtml

金曜日, 2月 13, 2009

and round and

外苑前、ワタリウム美術館で島袋道浩「美術の星の人へ」展。象のお尻に泣く。
ぱおーん。それからソファーの上のような海底に。
表参道、「紙和 SHIWA」 の取り扱い店に行くが、種類少ないので諦める。路上で女性に声をかけている男性が多い。ナンパではなく、何かの撮影のよう。気にしなくても声をかけられる心配は無いので、とっとと突っ切る。
六本木、森美術館「チャロー!インディア」展。ガヤガヤと楽しい。ここでも象に迎えられる。インドに行ってみたいなと素朴に思う。縁日と剃刀が出あった光と影の図に目がうつろ。
恵比寿、NADiff a/p/a/r/t にも行く。うつゆみこさんの個展「はこぶねのそと」。DMにもなっている猫がきょろきょろしているのがいい。「これ、かわいい〜!私的にありなんだけど〜」と騒ぐギャルのお客さんがちょうどいて、更に作品を深めているように感じられた。

渋谷にて偶然、「明日の神話」(岡本太郎/1968)とはちあう。
秋葉原で巡回警察の多さと、ビラ配りのメイドをかいくぐり お目当てのファミコン対応携帯機「Poket Boy FC-360」を発見。展示品の実機で画面の精度を確認。すぐに購入に至る。
銀座のギャラリーでの待ち合わせに遅れてしまった。月島に移動し、東京に住む同窓の友人ともんじゃ焼き。五、六年ぶりに会う。梯子して小さな居酒屋。熱燗とおでん。テレビなどで焼き付いていた飲み屋さんのイメージを補完するよう。実際に何を話すかはイメージに無かった。日頃考えていることや、不安など。実際に直面していることばかり。嬉しかった。
池袋。完全にヘトヘト。アリスの着うたフルを聴いて就寝。

http://www.watarium.co.jp
http://www.mori.art.museum/contents/india
http://www.gptokyo.jp/exhibition/index.php
http://www.1101.com/asunoshinwa
http://www.geocities.jp/pachimono_fc/009.html

木曜日, 2月 12, 2009

round. そして言い足りないように感じたこと

昼過ぎに東京着。今日から三日間、滞在だ。
新宿、銀座とぐるぐる回る。ギャラリーと作品がめまぐるしい。
夕食は神保町の小さなカレー屋。明治大学の学生御用達らしい。豆サラダも肉も香ばしくて美味しかった。趣のある喫茶店にて、珈琲酒。すぐ赤くなる。梅酒みたいにホワイトリカーに珈琲豆を漬けたものらしい。氷が合うし、フレッシュもやさしくていい。
学校の前まで見送るのと同時に、坂を上ることにもなった。
そして言い足りないように感じたことを迎える。
どれだけ線路が絡み合っているのやら。
気持ちが一つなのを知りながら。

上野のアメ横でもう一件。新宿に戻ってネットカフェに一瞬だけ入った。30分180円と安い。しかし一歩踏み込むと、人が住み込んでいる匂いが立ちこめているので たじろぐ。ここを寝床にするとは並大抵の精神力ではないと思う。墜ちていくにも覚悟がいる。そそくさと携帯を充電。大小様々のコンビニを巡り、猫の鬱にお土産の猫缶を求めた。
池袋へ。ネットで見つけたビジネスホテルを実際の空間で見つける。Google ストリートビューで見ておいたとおりの風景から見つけた。質素な部屋だったが、テレビだけ27インチほどの液晶だった。パナソニックのビエラ。リモコンのインターフェースがどうも慣れないなと思ったら、「1」が NHK という東京のチャンネル設定に慣れないだけだった。「8」がフジ。僕の馴染みは NHKは「3」。フジは「1」だ。東海テレビだけど。
などと蛇足。どこでも Tokyo round and round 。

木曜日, 7月 17, 2008

寝て着く東京。寝て去る東京。

寝て着く東京。寝て去る東京。
早稲田大学にて「無垢の眼」展を鑑賞。透き通った色はとても優しい。併設の資料展示で大隈重信の演説が強い口調なのだけれど、どこか愛嬌を感じてしまう。 會津八一のコレクション展示は中国の人形造形が充実していた。展示室の品が良く、照明が暗めに設定されていて 落ち着いて見ることができた。
ガラッと変わり、ナディフのビルで各ギャラリーの展示を見る。地下での Chim↑Pom の展示「日本のアートは10年おくれている」はぶっ飛んでて爽快。大丈夫だと返す落書きには感銘よりも薄笑いが勝つ。

青山霊園の前を歩いたとき、アラーキーが高層ビルを墓場だと称していたのを思い出した。GPS の起動を確認して、自分の在処いつも分からないと聞く。とりあえずはマクドナルド。こんなときだけ。

http://www.waseda.jp/jp/ct08/080704.html
http://www.nadiffapart.com
http://www.mujin-to.com/chimpomartwork.html



土曜日, 3月 31, 2007

TOKYO CITY VIEW -私の意識-

青春十八切符の恩恵を受け、東へ向かう。窓には水平線が広がる。
♪ あったみこーらくえんホッテールー
と口ずさみ、立ち寄ったのは熱海。観光客に紛れてお寿司ランチを食べた。味噌汁が海の味を持っていて、ネタは口の中ですぐにとろけて美味であった。十八切符ならではの途中下車を堪能。目的地は首都、東京だ。

銀座のガーディアンガーデンにて うつゆみこさんの個展「なまなま」を見た。
広がり続けるキャットフードは緻密な感情である。猫はそれを無情にたいらげていた。感情はどっぷりしたなかで広がっていく。
作家のうつさんに、脳味噌がツーブロックになっている指人形を頂いた。

それから店員の二人がブラジル人で、客は白人のビジネスマンや黒人女性という国際的な吉野家で牛丼を夕食にし、森美術館へ。同時企画「日本美術が笑う」と「笑い展」を見る。
もはや "ゆるい" という言葉は市民権を得た。白隠らの水墨画など、本当に漫画を思わせるやさしく "ゆるい" 線で描かれていて、キャプションにもそうあった。
「笑い展」は後半になるに連れて深刻な意識に降りて行く。ブルー・ノーズ というユニットのブラックコメディー、山本高之のスプーン曲げをして微笑む子どものビデオが良かった。
途中で企画展示されていたジョン・ウッド&ポール・ハリソンの作品は、何かを発見したいという好奇心をくすぐってくれる意識を持ったビデオ群で、見入った。

ギャラリーでの同時展示は入場時間を越えてしまったので、見ることができなかった。そのまま展望台を廻り「TOKYO CITY VIEW」を見つめる。嘘みたいにタワーと国会議事堂、新宿の高層ビル、それに沼のように暗い皇居の土地が見えた。「すごいね」と呟くしかない超都市だっ た。

空席の多い深夜バスで帰る。行きも電車のなかでよく寝たが、帰りもよく眠るのである。銀の粒子が入っているというウェットティッシュで足を拭く。

http://rcc.recruit.co.jp/gg/exhibition/gg_ex_current/gg_ex_current.html

http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/index.html

日曜日, 12月 03, 2006

東京歩き、僕は、僕は、僕は

まるで申し合わせたかのように、早朝の渋谷には誰もいない。確かあの BYG は道玄坂にあったはずだと思い出したが、見つけることはできなかった。
ゴミ回収車と叫び合うホームレスを路上に見て、ひとり歩き続け、「煙草路地」(作詞作曲, 山本浩美/1974)を唄う。

恵比寿の「写真新世紀」展へ。いい展覧会だった。丁寧な仕事ぶりは、鑑賞者の目に届く瞬間まで続くことを思った。見ることができて良かった。
アートフロントギャラリー、シェル美術賞展とそのまま歩く。代官山のあたりは裕福な感じだ。
電車で両国に向かい、荒木経惟「東京人生」展へ。IXY を握った新作「色夏」は現在進行形であると思った。
意図は理解できるものの、江戸東京博物館の展示空間に混ざっている関係には戸惑う部分もあった。bnap05 のときにトヨタの産業技術記念館内で展示を行ったことを思い出す。博物館鑑賞と、美術鑑賞は似ているようで異なるから。

携帯電話の電池が切れたので、秋葉原で安い手回し充電器を買うが、うまく動かないので、諦めて携帯ショップにお願いしに行く。快く引き受けて頂き、待ち時 間にオタク街を社会見学。情報では知っていたが、生で見る現象は迫力が凄い。ネットアイドルの路上パフォーマンスは、見ている野郎のほうがパフォーマーの ようだ。この全体自体を見ている人もたくさんいた。タケノコ族も見せ物化してたであろう。
三十分百円という激安ネットカフェを見つけたら、メイドネットカフェと書いてある。入ると、一人だけが申し訳なさそうにメイドの格好をしていて、後は古び た漫画喫茶だった。ネットは Windows95 時代のようなノートPCでやってくださいという無茶な仕組み。それだけでも変な空間なのに、目の前でアラブ系のカップルが抱き合いながらネットサーフィン をしているというのも凄い。ここが一番カオスだったように思う。

充電を終えて、無事に秋葉原を脱出。名古屋の大須もオタク街だけど、お祭りっぽい感じは比べ物にならないと思った。ソウルを回ったときに、大規模な都市ほ ど地域毎に専門化を進めて個別に発展していくということを学んだが、東京はまさしくそうで、渋谷と恵比寿、代官山、両国に秋葉原は全て異なる。東京に住ん でいる人でも、ぜんぜん行かない街もあるだろう。
そして新宿に戻った。深夜のバスで名古屋に帰還する。アルタ前まで歩くときに、駅の南口でやっていた工事の囲いに、おそらく写真家による企画作品がプリン トされているのを見つけた。面白いなと思っていたら、路上スナップのシリーズに、森山大道や電撃ネットワーク、鈴木慶一もいるではないか。嬉しくなって、 電池が不安な携帯でパチリ。後で調べたら、これは吉永マサユキによる写真のプロジェクトだった。

十一時までやっている喫茶店に入って、今回の東京の話をたくさんした。
今日見て来た展覧会の話もたくさんした。
話は尽きぬこと無かったが、バスのリクライニングを倒すと、眠気は襲いかかってきた。

さあ、煙草に火を点けて
どこへ、どこへ、行こう
さあ、煙草の煙をくゆらせて
どこへ、どこへ、行こう

破れズックをつっかけて、穴開けポッケに手を突っ込んで
のばした髪を風になぶらせて、小便臭い路地を行けば

何にも考えはしないけど、僕は、僕は、僕は
何にも話はしないけど、僕は、僕は、僕は

僕のこの心の奥底から、汲めど尽きないものが湧きいづることを

さあ、煙草に火を点けて
・・・

(作詞作曲, 山本浩美/1974)

http://www.shinjuku-ss.jp/

土曜日, 12月 02, 2006

全ての景色を言う

宇宙にはあと一歩だった。
そんな僅かな、でも本命の望みを追うようにして、バスは走った。

「大竹伸朗 全景 1955-2006」展を見に、朝七時、東京都現代美術館のある清澄河の町に立つ。
少し歩くと、「宇和島駅」という看板が屋上に付いているのを発見する。はじめての町だから、本当にあるのかと疑うが、明らかにおかしい。既にこれははじまっているのだなと思った。
そんな早くには開いていないし、待ち合わせ時間まで三時間もあったから、迷わずファミレスに入ってモーニングを食べた。お代わり自由のコーヒーと杏ソーダ を飲みながら、「海馬 脳は疲れない」(著,糸井重里、池谷裕二/ほぼ日ブックス/2002)を読み終えた。前向きになれる対談が、丁寧に、それでいて堅 苦しくならない言葉で収められていた。
教育にも、サブカルチャーにも、容易に自己定義しようとしていないところが「ほぼ日」の糸井重里らしい。やろうとしていることはただの対談であって、変に 気負うところは無いというか、大義名分や意味を掲げるのは置いておこうという姿勢が、この本の中で後半に出てくる「あとで修正するかもしれないけど、いま 自分が考えていることはこういうことです」という言葉に出ている。これは更新を共有していこうとする、気負わない姿勢だ。
読み終えて、根拠の無い自信を持ってがんばろうと思えた。
脳は「べき乗」でうなぎ上りするのだから。

十一時、美術館に入ると今日の昼から大竹伸朗と湯浅学の対談イベントがあると知る。「幻の名盤解放同盟」「時代の体温」の!あの方かっ!と興奮する。その イベントが三時から六時まであるという長丁場ものなので、終わってから展覧会を見ることができない展開だ。急ぎ足で見ねば!
と、思っても、この展覧会は多く話されているとおり、大規模な回顧展であり、総作品数二千余というフルボリュウムで迫ってくる展覧会だったのだ!しかも大 竹伸朗の作品は、濃厚多層イメージのハイアンドロウだから、すごいすごいすごい。興奮止まぬまま、後半泣く泣くペースを上げ、三時には企画展示の全てを見 たが、常設作品展と、大竹伸朗の選書展という別企画は見れなかった。

エレキギターぐわんぐわん振り子状に鳴り響く「零景」のあるエントランスの宇和島駅より、地下に下ると、講堂からクリスマスソングが流れていた。壇上にレコードセットとスピーカーが組まれている。
やがて湯浅学と大竹伸朗の両氏があらわれて、対談のタイトルは「歌謡曲相撲」というハイパー脱力企画がはじまった!
これでもかというくらい、当時ガキの今おじさん世代は感涙ものの歌謡曲レコードを流しまくり。
間にぶっちゃけ本音トークを話すという、何の気負いも無いリッチな時間であった。母親に勝手に捨てられないように作品が大きくなっていったんでしょうと湯 浅学が突っ込んだり、こうやって描けばこれが出来るなと思ってしまうと冷めてしまうから、一歩踏み込むんだと画家の情熱を大竹伸朗が返したり。最後は何の 対談なのかわからなくなってきて、谷岡ヤスジは凄い!と強く言っていた。

そこからダッシュして、、小山登美夫ギャラリーで蜷川美花の個展、シュウゴアーツで森村泰昌の新作を見た。同じタイミングで同世代くらいのカップルがエレ ベーターに駆け込んできた。男子は「靴を踏むなよ、殺すぞう!」と女子に言い、女子は「私の靴は踏んでもいいよ!」と返していた。

地下鉄を降りて渋谷に出ると、街はやはり狂っていたが、そこでは東京の幻影を見ている者だけが騒いでいるように思えた。
十一時半、携帯電話の電池が切れた。
僕らには来年の手帳を、両方が持つという望みがあると思う。
あと一歩の宇宙も、ここから望もう。

http://shinroohtake.jp/

日曜日, 4月 09, 2006

表現を巡る言葉は、こうして新章を迎えます

コンビニで売られていた食玩に、326っぽい言葉が書いてあるのを見た。

「奇麗だから好きなんじゃなくて、好きだから奇麗なんだね。いま、気付いた。」

だって、ヤバイなこれ。若者言葉の意味ではなく、通常の意味で、良くないと思う。これは危険だ。思い込みの、安心する為の言葉だ。定義することで、感覚を ねじ伏せる圧迫行為。いや、人間はそれを繰り返す。その狭間で悶え苦しむものだ。その矛盾こそが詩。僕が詩人であるのは、詩が作りたいからであって、そう 呼ぶ為であるからにはなりたくない。
そう葛藤する。僕は明らかに、昨晩のハンサム食堂での会話を受けて、落ち込んでいた。
がつん!とやられていた。そこからなんとか戦おうともがき抵抗する言葉は、理詰めの要素を持ち過ぎていた。
いまは谷川俊太郎の「詩を書く」だけが、それをマッサージしてくれていた。
己の葛藤が詩人の姿であった。それは過去形ではなく、永遠の現在形として語られていた。

松田さんと、梅島の駅の改札で別れた。握手をして、僕は今度、谷川俊太郎と寺山修司の「ビデオ・レター」のダビングを送りますよと話した。名古屋の「書肆 孤島」から、ブルーマヨネーズの折に、お借りしたものだった。いまにして思えば、それは僕らへの意志ではなかったかと思い巡らすものである。

東京最終日の今日は、遅めの時刻に高円寺駅で待ち合わせ。ねじめ正一の「高円寺純情商店街」(1992)だ!と興奮する。でも、ねじめ民芸店は別の町にあ るみたいだった。レコード屋に、古着屋、古本屋、古道具屋に、グロテスクなお店、風俗店にうどん屋さん。様々な商店がひしめきあって、でも新宿などのよう に節操無いわけではなく、礼儀正しく賑わっていた。ああ、ここが原風景なのだろうなと思い浮かべる。
「週刊本26 咲いたわ咲いたわ男でござる」(著,ねじめ正一/朝日出版社/1985)を購入。こんな雑誌があったとは!野球のユニフォームや、パジャマ、フンドシ姿で詩の朗読パフォーマンスをしている写真も数点有り。面白くて元気が出てくる。

そして、東京駅で僕らは時間をうまく潰すことができなかったけれども、最後の晩餐のようなものを駅構内のピザ屋で囲むことができた。
ワインのひとつも頼まずに、僕らは言葉を丁寧に使って会話をした。 また深夜バスに乗り込む。帰りは、東京駅からのみしか出ていない。
人生が幾つかの章に別れているとしたなら。僕は高校のときから友人がよくそんなことを呟いていたものだから、モロに影響を受けてそうなったのだが、この帰りのバスの中で、僕はその章と章の間を自覚した。
君の目は真っ直ぐ、輝いていた。
僕は、後悔や反省よりも、多くの出来事を力に変えうる思考に勤しんでいた。
東京より、数十名の田舎者が収容され、田舎者と呼ばれるレッテルから解放されると共に帰還の途に着いていた。この町は人々を一気に飲み込み、胃袋の中でぐちゃぐちゃにして、ペッと吐き出す。人はたくさんたくさん死んでいくだろうと思う。
僕は、藤井氏の為に詩を描きたくなり、それは東京に住み喘ぐ人々の為であり、つまりは僕の為であった。
その詩の出だしを、うまく思いついたはずだと覚えているが、内容は忘れた。
ただ、僕はいろんなことを語ろうとするが、なんとか簡単な誰にでも分る言葉で語りたいと考えている。内容を単純化したり、レベルを落としたり変更するわけではなく、表現する言葉を変えることに努めるのである。

バスの出発前、駅のトイレから出て、待ちぼうけをしているときに、壁面にフジカラーの広告があった。大胆にも、ジョンとヨーコの写真を多用配置し「PHOTO IS」とうたっている。
なんだか安全牌のようにされてしまっている感が拭えないが、携帯電話のカメラで僕は撮影をした。広告はガラスパネルにはめ込まれていたから、僕の足が映ってしまっている。

土曜日, 4月 08, 2006

ロードムービー、テーマは詩

新宿歌舞伎町、朝。まだ夜が続いているような、邪悪な朝なり。
日本人どうしならば、会釈もすれ違うことも可能だと、激しい極地の町ではあるが、異国ではないと肩を撫で下ろす。空気の悪いこの部屋は、常に地下であった。陽の光は降り注がない。人々は生き延びる為だけに何らかのエネルギー源を求めて、歩き回っていた。
疲弊そろそろ口にしながら、吉祥寺をぶらつく。雨がぱらついてきたので、井の頭公園の前にある喫茶店に入った。猫が店内にもうろついている素敵なお店。 ホットレモン飲む。雨が止んでから、公園にて猫を追いかける。フニャッと可愛い。うっちゃんまんは、北名古屋でお元気かしら。福岡氏らに御飯をお願いして いた。ありがたいニャあ。

西荻窪へ移動し、お昼に「夢飯」というお店でオムライスを、がっつり食べて、櫻井さんという方が行っているオイリュトミーのダンスワークショップを見学させて頂いた。シュタイナー学派から展開された、身体の調整法や表現についてである。
静かな光が降り注ぐ会議室にて、真っ直ぐ伸びた身体が動く。
それはそれ以上でも以下でもなく、身体であるが、言葉でつべこべ言うことではなかった。詩は矛盾の葛藤であり、清いことを嫌ったりしてしまうのだと思考を反芻した。

ハンサム食堂というお店で、お酒も御一緒させて頂く。ビジュアルから逃げることはできるが、身体は逃げることができないという言葉や、怖い詩人であれとい う言葉が、丁寧な言葉で、はっきりとグサリとくる。胸を熱くし、頭を垂れた。詩人は言葉を理詰めで構成するのではなく、言葉を感覚と論理が相矛盾する境界 に立たせ、自身から遠く離れた宇宙にやらなければいけないのだった。
僕は、今回の東京にパラサイトしたようにしながらも、いろんな人に会いに行こうとしていたから、途中で別地に向かう。握手をし、店を出た。
見送ってくれた君を、逆にまた見送り返し、ひとり電車を乗り継いだ。 一気に、葛飾など下町の方向へ渡る。北千住乗り換え、梅島駅へ。
ブルーマヨネーズで、東京でよく朗読をしていた地だ。駅すぐ近くの、ライブハウス「yukotopia」に着く。予定時刻を大幅に遅れてしまったが、同じ く目的のライブ自体も遅れていた。2000年のマヨネズムのときに、名古屋に滞在して関わり合った、松田さんがドラムを叩いていたのだ。ha-za-ma というインプロビゼーションのライヴ。六、七年前にここで多く朗読をしたことを思い出し、感慨深くなる。
厳しい意識と、楽しい思い出のこと。これらが僕を推し進めてくれることを疑わない。
抽象性の高い音楽の傍らで、ライヴペインティングが行われていた。僕は、松田さんのお家に今晩ご厄介になることとなり、ライヴ後も、ゆっくり焼酎だなんだ と呑ませて頂いた。ライヴペインティングをしていたアーティストの方ともお話をした。ha-za-ma のボスで、yukotopia のボスであるロクさんから、こんなものが出てるんだよと「東京 Reading Press」というフリーペーパーを見せてもらう。朗読を括りに、都内のイベント情報が載っているというものだった。詩の朗読に限らないので、アナウンス や読み聞かせのようなものまであった。横目で見つつ、いろいろ話した。大小関係なく、詩人には常に企てが必要だと思う。
ロクさんと握手をした。今度は、ポエトリー・リーディングの日を調べて来よう。
コンビニでお酒やつまみを買って、松田さんの部屋で呑んだ。
自然と、マヨネズムの話や、彼女の話などになった。
名古屋で呑んだくれていた頃のように、ガンダムやウルトラマンの話になり、僕はタロウが五番目の兄弟だと強く主張して譲らなかった。だけど、ウルトラマン百科は積み上げられた本の一番下の段ボールに入っていたので、調べることはできなかった。
「DANCING古事記」(立松和平、麿赤児、山下洋輔/貞練結社/1995)という CDと本がセットになった、所謂 CDブックというやつを何じゃこりゃと、聴く。一曲目には、1969年の早稲田大学でのものというアジテーションが録音されていた。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/juuji/
http://www.xxxhandsome.com
http://www.tokyoreadingpress.com/
http://www.yukotopia.jp/
http://www.tsurugashima.or.jp/ika8/matsuda.htm

金曜日, 4月 07, 2006

聖地巡礼と藤井氏の努力

阿佐ヶ谷の朝。東京とは思えぬ、心優しき風景に包まれて歩く。昨夜はブランコをこいで話した。これからのこと、ないがしろにできぬこと。君は言葉を丁寧に使っていた。
僕は前を見て、東京に来るときにバスの中であったことを思い出す。

バスは、新入社員風のスーツ姿の男性らが前部の席に、後部の席にギャルが指定されて固められていた。僕は前部にいたが、私服は一人で浮いており、疲労し きった彼らに囲まれ、後部から聞こえてくる五月蝿いギャルトークに呆れていた。安い価格のこのバスには、一人一人の座席に、充分にくつろげるスペースが確 保されていない。男達は無理な体勢で無理矢理眠っていた。僕は、いろいろなことを考えながら寝ようとしたが、うまくはいかず疲れるだけだった。そのうちに 高速に入ると、完全に消灯が行われる。ギャル達も一応は静まり、バスの前に取り付けられたカラオケ用のブラウン管には、座席がうっすらと浮かび上がった。 この意図的な座席指定故か、ぽっかりと無意味に空いた誰も座っていない空席を僕は発見してしまう。ひょいと移ってしまえれば、横で苦しそうに窓のほうを向 いて眠っている彼も、随分ラクになるだろう。しかし夜間の走行中に飛び移るのには気が引ける。しかしだからと言って、うじうじしていると、誰かに取られそ うだ。
サービスエリアに止まって行われた休憩で、バスの車内に戻ってきた時に、僕は自分のペットボトルを掴み、何食わぬ顔でやってみせた。
実際のところ、一人で横に二人分の席を手に入れたところで、前の方向に空間が無いので、膝が当たって苦しいのだが、それよりもやってのけたことに自分で満足してしまった。今回の東京で、何かいろんなものがうまくいくであろうという実感を思った。
暗闇を突っ切るバスの、くたびれたサスペンションがキコキコ鳴り響く車内で、誰にも見られずに、一人拳を握って、僕はガッツポーズをしてみせた。
バスは何も言わない。
バスはただ、この新宿西口に着く間だけ、僕に何の淡い期待も与えてくれなかった。
ただ、この座席に座ることができた自分の行為だけが、僕にうんと言わせるのであった。

阿佐ヶ谷の朝。ベーグルのパン屋さんに行った。とても美味しい。
本屋さんを覗いて、駅名を調べる。夜のプレゼンテーション会までは時間があるから、いままで行きたかった町に行こうということに。 池袋から西武池袋線に乗り継いで、椎名町という駅へ。ここは小学生のときから憧れていた聖地だ。あの藤子不二雄の名作「まんが道」(1970~1985)で描かれる「トキワ荘」があった町である!
下調べ不十分ながら、駅を降りて歩くと、いまにも満賀と才野がズボンの裾をまくりあげて下駄で出てきそうな空気が流れているではないか。駅前の公園にて、 桜の下のベンチに座る。さっき阿佐ヶ谷のベーグル屋で買っておいたベーグルを頬張る。レーズンの生地にブルーベリーチーズのクリームが絶妙だった。ミルク ジャムが入ったパンもすごく美味しい。気分が良くなって、興奮して、公園で遊ぶ子犬や子供にばいばいをして歩く。トキワ荘みたいなアパートがたくさんあっ て、感涙の風景が続く。この町並みにて、あんなことやこんなことがあったんだなァと。そこで首尾良く、トキワ荘跡や目的地に辿り着ければ良かったのだが、 やはり良く分らない。何より、場所さえ分らないのだ。漫画で見覚えのあるような交番にて、尋ねてみるが、追い返される始末。次第に、道も寒くなり、彼女も イライラ風。ああ、シマッタ。参った、これは僕が間違っていた。ちゃんと下調べをしておかなきゃ、駄目に決まってる。ふてくされたままで、駅に戻る。踏ん 切りがつかないので、漫画喫茶に入ることにした。
偶然、キャンペーン中で、トランプチャンスなるものを、夜はクラブで踊っていそうなお姉さんが生真面目にやってくれた。すると、彼女はハートのエースを引 き、お菓子と30分無料券を三枚も進呈されたではないか。これはここも無料になっちゃうぜ~と、機嫌を取り戻し、ネットでそそくさとトキワ荘の住所や案内 を調べる。
げげげ!するとなんと、さっき追い返された交番のすぐ近くではないか!
酷ぇ!と、怒り、行こうと急かし、時間が無いけれども、ここまで来たんだから見たいとまた来た道を駆け抜ける。
満賀や才野も、こうやって急いだことが幾度とあったことだろう。

NTT の建物の前が、そこであった。聖地巡礼は、呆気なく前にあった。少し前の資料には、赤塚不二夫の看板があったとか、駐車場になっているとあったが、現在そこには、建て売り建築による会社が建てられていた。何の石碑も無い。
こんなにもちっぽけな空間で、あの名作やドラマが生まれ、漫画家達が育まれたのか。手塚治虫が移り住んだという高級アパート「並木ハウス」と同じく「第二並木ハウス」というアパートも界隈に見かけた。こんな距離感覚で、彼らは まんが道を歩き、暮らしていたのか。
いまは頭が真っ白となり、君に写真を撮ってもらうだけ。
そして、聖地巡礼の証、まだ現存するラーメン屋「松葉」にて、ラーメンを食べる。
心の中で「ンマーイ」と言う。
450円、ラーメン。ンマーイ。藤子Aと鈴木伸一氏と松葉の店員さんらの記念写真。模黒福造とサイン、2002年とあった。テレビでは民主党党首選の演説が唱えられている。管氏と小沢氏。ラーメンの味は変わらない。おじいさんが、ぷるぷると持ってきてくれた。
ありがとう。嬉しい。最高だ。

さあ、それから銀座に移動し、藤井氏の努力が結晶される。
ギャラリーG8。なんだか、幻の Macintosh の名前みたいだ。プレゼンテーション会は公開で、僕は観覧席に予約しておいたので、並んで座る。
審査員に、 石内都氏、後藤繁雄氏、小林紀晴氏、平木収氏。
多くの一喜一憂。審査とは判断であり、多くの判断は意志であった。
意志を貫くそれぞれのプレゼンテーションと討論には、手に汗握り、全てに頷きはしないが、成る程なと疑問符を抱えてそれを見届けた。
続いて、オープニングパーティ。入選者と審査員だけでの懇親会。東京は終わる時間を知らない。文字通り、眠らないのだろう。
銀座のママさん、サラリーマンお見送り行き交う、テレビで見るような日常であろう風景を横目にしながら、居場所無くうろつき、最後はビルにもたれて本を読んでいた。「詩を書く」(著,谷川俊太郎/詩の森文庫/2006)。
零時過ぎに、帰るという連絡があり、とても充実した時間を持てたようだったから、良かったねと手を握った。

http://www.tokyo-kurenaidan.com/tokiwaso1.htm

木曜日, 4月 06, 2006

バスを降りたら、そこは東京だったパシャリ

冷気がふくらむ、ブルーの早朝。新宿西口。安バス勢が到着し、田舎者達を排出していく。数十名の人間が、このゴミ捨て場のような町に投下された。バスのト ランクルームから、着替えや荷物一式を入れたリュックがアスファルトの上に置かれる。それが全てを暗示していると自覚するのが嫌で、礼を言っては担ぎ込 み、漫画喫茶に迷わず入る。高速回線を用いて、昨日分のブログを書いたり、メールチェック。
先に東京に到着している、かの君と連絡を取り合い、西口前で落ち合うことに。

数日ぶりに会い、数日ぶりに話した。なんとか元気そうで、間髪入れずにサイゼリヤで朝食を摂った。消毒薬の匂いがドリンクバーを中心に立ちこめている店内だった。
今回の東京行きの背中を押したのは、君が入選した展覧会。
そのプレゼンテーション会は、明日の夜にある。
今日は、一日激励会だ。頭が眠さを自覚する前に歩く。
「マッシモ!マッシモ!」
「ハッピーマニア」(著,安野モヨコ/祥伝社/1996-2001)のカヨちゃんの真似で、朝の新宿を闊歩する。みんな見て見ぬふりだ。
そして、洪水のようにあらゆるものが降り注ぐホームに着いて・・・。

恵比寿にある東京都写真現代美術館で企画展「私のいる場所」を見る。アンニ・エミリア・レッパラ、ジャン=ポール・ブロヘスに惹かれた。
陽に当たりながらタコスを昼食にする。町を見下ろした後は、ヘレン・ファン・ミーネという写真家の個展。それからG8ギャラリーで行われている「ひとつぼ展」を見る。写真展の梯子だ。
いささか疲れて、地下の喫茶店でコーヒーを飲む。彼女の友人らは、気さくに話してくれた。東京では、言葉を交わせる人がいると、無条件にまず善人であるように思える。

http://www.syabi.com/
http://www.hellenvanmeene.com/
http://www.recruit.co.jp/GG/exhibition/2006/gg_0604.html