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日曜日, 3月 18, 2007

see you.

さあ行こう。最終日からはじまる。
猫缶をかざして、レンズを向けたら逆光でシャッターが下りなかったから、うつむいて見つめた。僕らの日々は洗濯機のなかで、本に挟まって待っている。この部屋で僕らには意味など忘れ、僕らには語ることだけがあるのだ。言葉によってでも、何でもいいことだ。

さあこれからどれくらいの時間が経つだろう。
またいつかの部屋のなかで、僕らは会いましょう。
たとえ私が居なくとも、言葉はそこにあるでしょう。

病院のようなこの廊下。
無能な処置にセイグッバイ。
缶ビール並び、プレゼンテーション集う、会はまたに。
感謝の念です。

土曜日, 3月 17, 2007

クラクションを笛に変えて

ありがとうの証明。卒論には名前が並ぶ。
私の場所を探す。
私には手帳がある。私がここにいたという言葉が、私のいま目の前にある。
最果ての地からは、空が広がっていた。
来てくださった皆々と、そこに腰掛けて話をした。

「勝利の笑顔」(詞、曲、槇原敬之/1991)を頭のなかで聴く。
晩はおでん、ギネス、ケーキ。ジュレという音がジュレっぽい。
深夜ラジオで、また会いましょう。

金曜日, 3月 16, 2007

これがそのもの

予約録画していた小椋桂の番組にて、穏やかな歌詞世界に触れる。メロディがフレーズを呼び、フレーズがメロディを呼ぶ。画が言葉を呼ぶこと、言葉が画を呼 ぶこと。これらが分離せず、ひとつになること。それが重要だ。なにものでもない、音楽や詩、それでしか引き起こされぬ時間、空間。その可能性が垣間見え る。「演出」ではない。これがそのものだ。目に見えぬもの。言葉にできぬもの。実はそれらを通じて、すべては関係をしている。
彼が無言で去っても
背中に言葉を投げてしまう
背中を見せないようにされても

木曜日, 3月 15, 2007

その言葉で

どこが重なり、どこが離れるのか。意図と意志。
そして新しい仕事がはじまる。
どん底、どん底、どん底天使という歌があったな。
そう、
力が湧きあがってくる。
その言葉で。

水曜日, 3月 14, 2007

先生が来られた

心の目についてを伺う。背中を見て別れるのはこの廊下の特徴みたいだ。
壁が目の前にあった。ここはひとつの部屋で、言葉は何よりもそのままにあった。
朝と夜、まったく変わった心境を、同じ人間が持って眠っている。
僕の試みはまだ終わっていない。
勿体ないことを繰り返しはしない。

「詩とことば」(著,荒川洋治/岩波書店/2004)を読んだ。先生が会場に来てくれて、お話をしたような気持ちになった。私はこんなふうに考えるんだよという息づかいがそのままにあった。散文と詩についての考察。北原白秋の心。とても面白かった。
プレゼントに、ワインとパンとチーズを頂いた。駅からアパートまで歩いてみせて、夜は少しゴクリきゅうとして、寝言を待った。

火曜日, 3月 13, 2007

判断は吹き抜ける

昨日から口を酸っぱくしているが、如何に閃きが重要かと思う。ガンガン頑張ると鼻息を荒くしても、あてのないことにもがいているばかりでは何も変わらなく、自分から周囲を苦しませる不毛である。いいかげん、はやく気付けよ。これらは全て取り組みの度量による。
そして朝、谷澤氏とふたりでマーガリンを塗りたくった食パン一枚ずつにコーヒー、牛乳。別れて彼は大学へ、私はギャラリーへ向かった。

判断は吹き抜ける
穏やかな風はどこから
取り込むことが
できるのだろう
それはあなたのなかにある
それは
あなたの
なかに
ある