火曜日, 11月 06, 2018

詩からストリーム 11月第一週分 録音配信を行いました。

   Freed
           村田 仁
赤信号
みんなで渡れば
怖くない
この人
失敗したんじゃないの
赤信号を
ひとりで渡るより
国境なきたけし軍団だ
みんなで行けよ
BEAT TAKESHI KITANO は
赤信号を
ひとりで渡る馬鹿を
笑わない
井出もつまみも板前も
東もダンカンも義太夫も
バカヤローは愛の言葉
パール兄弟は大阪まわる
姉さん!
夜よ収まれ。降りるべき肌に、友だちが通り過ぎる廊下に。みんなオムツのセットをぶら下げていた。ある者は学生服のまま、ある者は寝巻きでコップ酒でも似合いそうな老け顔で。夜よ。窓に降りて眠れますよう。
親子で檻に入って眠ると、動物園みたいに見えるかもね。

ラクテックG 見る。
いろいろ考えそうになるが、「いま ここにいる」のは変わらない。
廊下を過ぎる。
抱き止めている。
空気を抜く、何かを飲み、壁紙の子犬を数える。
Beautiful name のために「お前はアウト」と名指ししないで、
微笑み返して。

https://www.youtube.com/watch?v=RHkv7IAOidg&fbclid=IwAR1qjADK5CNNvCSfHw6WQFD_q1Vhqo8_TNgLygsUq6CRySGY1E_UT2mc_Ac

金曜日, 11月 02, 2018

図書館の森で迷子を楽しむ を 振り返って

“図書館の森で迷子を楽しむ” を振り返って   村田 仁

去る 2018年10月6日(土)に、名古屋市鶴舞中央図書館で詩作ワークショップ「図書館の森で迷子を楽しむ」を開催させて頂いた。
 これは、以前より東海地方各所で詩の教室や、詩を作る催しを手がけている詩人 村田 仁という筆者が参加しているもので、鶴舞中央図書館の「秋の読書イベント」のなかで企画された。
 講師紹介の前に、司書の石谷さんが「迷うことの意義」を話してくださった。「今日(こんにち)の社会は、何でも効率よくスマートに調べたり、見つけることが重要視されているが、迷うということは重要であり、そこに豊かさがある」という趣旨であった。そのお話がとても素敵で、迷わずにまっすぐ入ってきたからか、村田はしどろもどろに「何を言えばいいか迷っています」と断れば、スマートだったかもしれない。

今回のために刷ったオリジナル原稿用紙を配布した。十四行ある。ここに三冊の本から言葉を引用し、それを基に推敲してもらう流れである。解説や詩作、完成後の朗読発表は図書館の一室で行うが、本を探しに行く時間は、実際に参加者の方々が図書館の本棚へ出てもらう。
 その三冊は指定されている。まずは「自分が読んだことのある一冊」、シンプルだが自分を森の中から見つけることは楽しい。ワークショップ会場に置かせて頂いた「村田のおすすめ十冊」が実際に集められ、その書籍が並んでいるのを見たとき、自分の本棚が、頭の中が具現化されているようで、更にそれを客観的に見ることができて新鮮であった。図書館の本に限らず、本は公共物であると認識した。
 詩作のための二冊目は「NDCルーレットで当たった本棚から選ぶ一冊」になる。図書館の蔵書を分類している「NDC(日本十進分類法)」の区分コードが印刷されているルーレットが NDCルーレットである。参加者自身でこれを手で回し、当たった NDC番号の棚へ移動し、そこから一冊を選ぶのである。これにより、普段まったく訪れないような森の一角へ向かうことになる。「112 自然哲学」「384 社会家族生活の習俗」「789 武術」「933 小説(英米文学)」「絵本」など、鶴舞中央図書館の区分けに従ってルーレットの目がある。森の豊かさに触れるとともに、自身の言葉の範囲を超えられるかもしれない機会を狙った。
 三冊目は、図書館の森を行き交うなかで見かけた本を手にとってもらう「読んだことはないけれど、惹かれる一冊」である。聴いていないけれど、レコードのジャケットが気に入ったから購入する「ジャケ買い」のように選んでもらう。
 三十分ほどの迷子時間を経て、詩作の机に三冊を持ち寄る。実際に本を開き、そこから文字を、本から感じられる要素を詩に引用するのである。
 一冊一行という決まりは無いので、推敲のなかで偏りが出てくるかもしれないが、三冊の引用が一遍の詩のなかで影響しあうことによって生まれた変化ならば、それは創造であると考える。
 集まった三冊はどれもその方の心を表していた。NDCルーレットのような拘束があっても「詩を書く」という目的の前には、ひとつの選びあげた意志が発生した。何も迷っていない感じを受けたのはそのためである。もっと本棚の上からいくつ目の何ページから引用することや、早く頁をめくり指を挟んだところから引用するくらいに、強引に迷子へ引き込んでもいいのかもしれないと私は会の後半に思っていた。
 詩を深めるうえで重要なプロセスである「言葉を探し続けて迷うこと」を楽しくする仕掛けを、もっと提案していきたい。終了後、参加者の方から「本当に迷いました(笑)」といった感想メールが届いていて嬉しかった。「私の人生はいつも迷子のようなもの・・」という感情の揺さぶりも冗談交じりに伝えてくれた方もみえた。

 詩は行為である。
 混沌とした豊かな森は、時々あまりにも言葉が生い茂って鬱蒼とした暗がりのようだが、その森を開く行為である。
書き手自身が光を照らす、射し込むための詩作である。
 三冊によって照らされた心は、詩になり、それぞれ自分自身の声で読みあげられた。宮沢賢治が雨にもマケズにお弁当のレシピをつくったり、シュレーディンガーの猫が山頭火と呼び合った。引用から浸透しはじめ、ひとつの詩になって一体化していた。

最後に、実際の参加者の方が迷子から得た三冊と、その詩を紹介してこの振り返りを終えたいと思います。
ありがとうございました。

三冊と、そこからの引用(芝山愛子さんのワークシートより)
『マアジナル』
→ 法則性はあるように見えて無い
『人は何を旅してきたか』
→ 景色は不思議なほど透明だった
『芸術療法入門』
→ 詩的コミュニケーション

 詩的コミュニケーション
             芝山愛子

法則性はあるように見えて無い
日常と革命
知と愛の沈黙
理性と狂気
あまりにかけ離れてしまった世界を
結び合わせる糸
表現は言葉によらない
心をなるべく傷つけないように
外へ押し出した
結果的に創造は完成しないかもしれない
だけど
ある朝、
景色は不思議なほど透明だった。

http://jinmurata.jpn.org/archives/830

土曜日, 7月 07, 2018

一人万引き家族

このブログは、ずっと更新しておらず放置されていた。
 先日「Markdown 記法」というものを一人で勉強したので、それを実行するために、自慢げに書いたことで、再開した。
かなり経っている気もする。
そもそも、Markdown のような装飾的な記述は行ってこなかったブログであった。

日付を見ればすぐに分かる。
2016年は3つ、2017年は1つのエントリーしかない。 2011年は365日で、少しずつ減っていく。
グラフにできれば、比例して SNS、特に
Twitter への投稿が増えているのだろうと思う。 本題はこれじゃない。

これもまた久々に映画館に行った。
昨年「アウトレイジ最終章」(北野武 / 2017) を画家の新谷さんと見に行って以来だ。帰国のタイミングでデートをしていたのだ。
その前は元彼女と入れ替わり制で見た「シン・ゴジラ」(庵野秀明 / 2016)だから、一年ずつ映画館に行っているという体たらくである。
特に記載はしていなかったが、元彼女という呼称で妻のことを呼ぶのが好きなおじさんの自慢げな話法を横取りしようと私はいま、つまらぬ罪を犯した。
横取りは万引きとも言うか?
商品を間引いて盗むことから間引きとはじめ呼ばれていて、そこに「ん」が入って「万引き」らしい。いま検索した。

以下、ネタバレを含みます。

「万引き家族」(是枝裕和 / 2018)を、レイトショーで一人鑑賞した。
西日本は豪雨で大荒れの一日だった。
私は詩の教室を終え、ミズベリングの飲み会に行きそびれ、気持ちが晴れず、雨のなか一人映画館まで歩き、ちょうど新谷さんとアウトレイジを見に行ったところと近く、映画館の店員は「はい、万引きですね!」と元気にチケットを売ってくれた。
わかっていても泣けてしまうのは、家族の物語だからだ。
嫌が応でも、自身の家族のことを思い出す。
映画の主題にそのまま迫れるのは、凄いことだ。なかなかできない。余計な話が邪魔をしてしまうことが多いが、是枝監督はそんな遠回りをしていないように見えた。
わかりやすく提示されていた。
シンプルに、無駄な話はしないように。

自然体でいられる、異常な人と人の関係が語られる。
はなればなれになってしまう瞬間、家族の間に法が入り込んだとしても、暮らしは残り、通じ合った言葉は残る。
尊厳を持ち合うこと、語りつくせぬ視線と視線がスクリーンにはあった。
極めてプライベートでパブリックな映画。
私たちはどうしてこうなっているのか。
理詰めで本当の家族が設定される。
ビールを飲みたくなった。
長く語りたくなった。
無駄な話も、行為も通して、刑期を終えて、やり直せるかもしれなかった。
アーティストの佐竹氏より、一人で家に帰れますかと電話を頂く。
帰り道、名古屋市内はありがたいことに降っていなかった。
爪が靴の中に入っていたのをリズミカルに投げる親父の動きにリアリティがあった。
馬鹿を言える場所で、変わっていてもいいじゃないかと、ここで繋がっているんだろうと、 お婆さんだけには話すねと、抱き合う姿が大きく映る。どこにもいけない男が抱きしめられたところで泣いた。
私たちの傷ついた姿に捧げられていた。
町で、また会えるか。
ゴミ捨て場で「空気人形」(是枝裕和 / 2009)が寝ている場面を連想した。
あれから十年近く経つ。
私たちの社会は家族をずっと探しているのだろう。
「大きな物語」に回収されないよう、自ら語り続けなければ、通じ合った心を蔑ろにすることになる。

ビールは黒ラベルにした。私は親父で、大人になっていたのだ。
親父に「わざと捕まったんだ」と語る息子。
私の本当の名前。
再生は私たちだけではできない。
それを認めて、弱さを認めて、贖罪を通して、ここにいた。
心無い言動がどうして起こるのか。
家族は自分たちの姿をどうやってかたちづくるのか。
親父の本当の名前。
「愛のむきだし」(園子温 / 2009)も思い出した。
いま、私が名古屋造形大学で担当している「映像論」の最終回のテーマは、「今日(こんにち)の映像」で、こんにちに語らなければいけない主題は「家族」である。
2011年の 震災以降、「絆」という言葉が白々しく舞ってしまっているのだと、徐々に気づきはじめ、「万引き家族」では、それを歩道橋で語らせていたのだ。
人工的な家族の物語。
正も負も追いあう私たちの姿。
逃げたことを認める。
愛は引力を持ち、それを受けた者は繰り返す。
人間は、自分がされたことを誰かに返そうとする生き物だと思う。

http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/

木曜日, 7月 05, 2018

考えやすくなるために

金曜日, 10月 06, 2017

LEUCHTTURM 1917 のように

「ドイツロス」という造語だけで、それを失って辛いという感情を現しているということが伝わってくれるのは、良いことなのか、言葉に気持ちを嵌め込んでいることにならないか。ロスの心理は様々に複雑だ。「複雑で面倒なことを伝えるために表現はある」とこないだ思った。表現という言葉が示す幅は広い。
何度も同じ場面の写真を眺めたり、呼ばれてもいないのに、かつての場所へ行きたいと思う。それも自身への表現であろう。実際に行っても、虚しい風が吹くだけかもしれないが、ときにはそれしか方法がないときもある。

日本とドイツで交互に展覧会を行うプロジェクト「ONGAESHI」のカタログを作成して頂いた。
その発表を兼ねて小さな展覧会「ONGAESHI #3」も開催した。自分にとって四回目となるドイツ、ブレーメンの風は懐かしいというより、自分の中の懸けているものをくすぐる時間だった。言葉に嵌め込んでしまえばそれは人生のことで、すべてが試される時間だったのだ。私にとってドイツはそこにある。
たくさんの雑事にまみれて、いちばん大切なことが見えにくくなっている日本での生活から一度切り離して、何に懸けているかを見直すこと。語れば、ありがちな嵌め込みに聞こえてしまうようだが、こう語るしかないのだと考えている。
9月11日にドイツから帰国して、一ヶ月近くなるいま、詩「LEUCHTTURM 1917 のように」を書くことができた。四畳半ラジオの「詩からストリーム」でそれを読んだ。

この一ヶ月に「ドイツロス」だと公言して、考えていたことが手元の手帳にあった。頁がナンバリングされているモレスキンだよと語れば早いかもしれない。モレスキンはフランスだけど、リヒトターム(ロイヒトトゥルム?)1917 は ドイツ、ハンブルグ発である。

2005年に行った ブレーメン・ナゴヤアートプロジェクト「site scenes」のときに作った詩「明るい夜」はドイツ語訳で「Lichte Nacht」だった。「明るい夜」は、駅前商店街の街灯を消してもらってから、街に付けられた放送で詩を朗読する作品。ドイツ語版を クリスチャンハーケ氏に読んでもらった。手帳の名前「LEUCHTTURM」は「灯台」だ。1917年は百年前。site scenes メンバーの福岡氏、真坂氏、西山氏らと立ち上げた読書会プロジェクトの名前は「百年を読む」だったけど、あれはどこへ行ったんだろう。Facebook が日本でも普及しはじめた頃で、コミュニティー頁だけ作ったような。

ロックバンド くるりの「ブレーメン」を聴くと 心が騒ぐ。
出だしの
"ブレーメン、前の方を見よ"
だ。
「LEUCHTTURM 1917 のように」に、その一行は直接引用していない。

LEUCHTTURM 1917 のように
村田 仁

大きな戦争は2回あった
灯台を開いて、荒地を書き写した
垂直か、水平か
それが大切だった
右か左かは
百年先からは、変わらなく見える
ペンの走りを追う
活字の流れを追う
垂直か、水平か

そして紙は紙のまま
綴じられるべきで
灯台の明かりは
本に内包される
君へ、私は置いている

赤ん坊の声は
言葉を人質にしない
生まれてきてからだけを歌う
ひとつずつ
私と変わらないと男は歌った
ペーシを漢字で現した

空港に着く前の音楽をラジオでずっと流したくて
使っていいですよと書いてあって
国会の燃える音も
教科書への投書も
みんな使っていいですよって
認めてくれる
子育てしていいんですよねって
キスしていいかは聞いたでしょって
時代、時代、時代
拍手を丁寧に断る

大きな戦争は誰もしたくない
いや、していてもらってかまわないと
こっそり書き直す
灯台を灯すのが見える
ロケットの窓から

私は映画を見ていました
ビールを頼んだらベックスだったので嬉しかったのです
懐かしくって親指を立てて
横の女性は顔にスプレーをしていた
誰もが思い思いに寝ていた
それは電車のようでした
灯台が見えるのは同じです

垂直か、水平か!
草の根に、私たちは話し出せる
うまくはないかもしれない
言葉は解放されて
灯台へ
内包されている
君へ、私は置いている
(2017,10,5 弟の誕生日に)

http://ongaeshi-exchange.tumblr.com/

http://www.leuchtturm1917.com/

http://jinmurata.jpn.org/poems/akaruiyoru/index.html

https://www.youtube.com/watch?v=_WDRqjmVzgU&feature=youtu.be

金曜日, 6月 24, 2016

詩人の仕事

「詩は役に立つ!役に立った!」
教室の帰り際に、そう伝えて頂いた。
中原中也も、ランボーも、無茶苦茶な人だったが、我々を惹き付けてやまない。アニメや漫画になろうが、なるまいが、詩は色褪せない。へっちゃらで綺麗な明朝体に託している。
1999年に始めた 小松亮一氏との「ブルーマヨネーズ」の 詩の展覧会が アートラボあいち長者町ではじまった。最初はアーカイブ的な展示を考えていたけれど、つまらないよねという話になり、2フロアある展示室を連携させた作品となった。個々の部屋に名前をつけ、それらを続けて読むのが、タイトルとなった。「letters, readings」となる。
ずーっと仕事が続いている。
採算度外視という言葉が既に外枠で転がっているもんだから、ランボーの労働を拒否という年表の言葉に痺れた。憧れは石ころすら緑色に発光させる。
思えば、中原中也もイクメンだった。
中也も「私たち」だと見つめることができたのだ。多くの現代の読者は「中也と私」という関係を想定する。突き付けられた詩が 自然と そうさせる。
あまり好きではない言葉だけど「イクメン」を持ち込めば、私たちという連帯をもって 中也を見ることができるかも。そう思った瞬間、するりと 中也は私だけの孤独へ去ってしまった。誰もその悲しみを理解はできない。
そう、誰も 他者を理解することはできない。
「あおさ」は孤独。あるときは なんとかなるさと言い、また あるときは 頭を抱え込む。
小松氏の詩「BAD BYE」から始まった「letters, readings」。これは17年目の仕事だ。

月曜日, 5月 30, 2016

お湯美と 5月、我を見つけてくれたなら

5月の末。日本は朝 2時。感覚的には深夜。連休ではじまった今月ももう終わる。判ってはいたが、異様に忙しい月だった。
なんとかうまくやろうと、GTD 発、モレスキンLOVE 便、yPad 経由の Trello 着なんてぐるぐるで、周囲に自慢しては yPad 買わせる展開まであったのだが、自分は使わなくなってしまって、3月に購入した Moto360 が当たり前の感覚になってきて、いよいよここからかなと考えている。モレスキンを使い終えた。昨年の 11月末に買ったと中表紙に書いてあるので、半年は使ったということか。二冊組のカラフルなモレスキンにしようかなとも思うけど、黒のシンプルさが良いんだろうな。お気に入りのリサイクルショップに レゴブロックが表紙のタイプのモレスキンがあるらしいけど、飽きる気がする。
なんだかんだで、三十七故か、使うものの好みが自分でわかってくる。今更か。

「Group works and Collaborations」という どストレートタイトルの展覧会(これはタイトルと呼んでいいの?と突っ込まれそう。)で、小松氏とのブルーマヨネーズを行うことになった。打ち合わせをしてから随分時間が経ってしまったのに、一向に自分の詩作が進まない。自分で持ちかけておきながら、自分で遅れさせている。
GTD の中に、自分で決めたリマインダーを守れないということは、自分で自分の約束を裏切ったからだと 確か書かれていて、それを思い出す。当たり前のことだけど(そもそも、GTD に書かれていることは全て当たり前だけど意識して考えたりしていないことだった)、意識する。
相手を意識して、詩を読むこと。
ところかまわず ツィートしたり、いいねを押したりする言葉に方向は無く、自己言及でもなければ、生やさしい時間なのだ。
それはそれで要るのだとも思う。
猫の鬱に名前がまた増えた。「お湯美」である。いつもお湯ばかり好んで飲んでいるから。ようやく、鬱なんていう不幸な名前から、本来の自分を見つけてもらえたのかもしれない。勝手な飼い主に反抗していた頃もあった。トイレのシートを買うようにと、カレンダーの下に付箋で貼ってある。
泣いている猫の絵を描いて。
今日は、なんとか時間をつくって絵を描いた。
6月はこの絵からはじまりそうである。そして、9日から搬入で、三日間は注力し、12日の日曜にはブルーマヨネーズについてのことを話す時間もある。その前に 6月5日には「町に眠る詩」という題で一人トークも行う。諸々は「お知らせ」をご覧ください。
5月最後の日は、ずっと雨かもしれない。
倉岡先生の絵が使用されているという映画を見に行きたい。
ボーイにまた突っ込まれそうだ。そうだ、今日はピースあいちに SEALDs の奥田さんが来られていたらしい。そんな余裕は無いものの。
部屋の電気をつけようとしたら、テーブルの上にあったワイングラスに手が当たってしまい、見事に割ってしまった。
そんな事件ひとつでも どんな言葉を選び、どのような順序で語るのか。そんな要素も詩作のトレーニングには要るのだろうな。
5月最後の日は、朝から NHK名古屋文化センターで教室である。

http://gc.jpn.org/