火曜日, 1月 31, 2012

ルックスにおいて格好悪さの頂点へ

バンダナを付けてみた自分が恐ろしく格好悪く、写真に撮ってもらって絶句した。いままでのなかで一番肥えてしまっている。数日前に行った美容院も失敗だったのが輪をかけてくれる。下手なスポーツ刈りがまた似合わない。開き直って笑顔。オレンジのセーターに穴が空いているのでもう職場には着ていかないようにしないと。

月曜日, 1月 30, 2012

様子見

購入検討していた防火鞄を求めた。近所のホームセンター「B&D」。
諸々避難道具を詰め込むと、すぐにいっぱいになる。水がかさばる。猫の鬱の鞄はどうしよう。常に避難道具の近くに置いておかねば。
先日決めていた電動式の給油ポンプも同時購入。最初に付いている電池に「B&D」のプリント。ホームブランドやな。


日曜日, 1月 29, 2012

浜岡原発は近い

浜松に住む大学院の先輩より「原発反対デモ」を行うという知らせあり。外は寒いので気をつけてくださいとリプライ。気をつけるのは寒さだけじゃないぜというリリプライは目に見えない。同静岡県の町田市は瓦礫の受け入れをいちはやく表明しているので、そこへの反対もある。浜岡原発は近い。海沿いで、福島原発のことは他人事ではない。
Ustream にデモの様子が少しアップされていた。
公園で太鼓を打ち鳴らし、行進していた。
寒いので厚着とニット帽などをしているため、歩く人の表情はよく見えない。

http://ameblo.jp/twitnonukeshm2/

土曜日, 1月 28, 2012

虹色は油で

灯油を iPod touch にこぼすという失態!
急いで吹いて無事。
画面が一気にクリーンに。
機械式のチュルチュルを買おう。

金曜日, 1月 27, 2012

ワンピース どこってば?

アートラボあいちで ワンピース倶楽部の勉強会。「緘黙する景色」の企画者 伊藤正人氏が話す会へ行く。出品者として少ししゃしゃり出る。
見えない養生テープが口を塞いでるなんてのは 嘘で、実際のところ、話したいことを話した。皆。

http://www.one-piece-club.jp/topics_nagoya.html

木曜日, 1月 26, 2012

存問の碑

「存問(そんもん)の碑」
メナード美術館のコレクション収集に尽力しながらも、開館目前に急逝した野々川美寿子(メナード化粧品副社長)を偲び建立されたもの。
詩人・柏木義雄氏の作詩、洋画家・島田章三画伯の書。
(メナード美術館 webサイトより)

「存問」
安否を問い、慰問するの意。
俳句では慶賀、弔意、またはある出来事についての感懐を詠むこと。広義にはその土地の風向、歴史など一切に対する親愛の情をも含む。
(俳句用語集 webサイトより)

写真は村田による。メナード美術館を閉館時間間際に鑑賞。
絵画を持つ館の前に詩が。

http://museum.menard.co.jp/information/visitor/index.html


水曜日, 1月 25, 2012

絵画へラヴレターのお知らせ・素直な影響

information です。
◆「絵画へラヴレター」

小牧市文化振興課主催「絵画鑑賞講座」にて、村田仁による詩のワークショップ「絵画へラヴレター」を行います。
2012年 2月5日(日)と 12日(日)朝 9:30-11:30 の二回に分けて。
小牧市在住、在勤、在学の方対象。
要事前申込。有料。
【概要】
小牧市文化振興課主催の「絵画鑑賞講座 – 絵の中の世界に触れる」五週連続の講座にて、前半二週、ワークショップを行います。題は「絵画へラヴレター」です。
テレビの中の人へラヴレターを書くことはあるけれど、絵画の中の人、ましてや絵画に向けてラブレターを書くことなんてしないもの。 そこを敢えて!恥ずかしくも?! 行うワークショップです。
このラヴレターは詩です。
絵画を見て、自分自身のなかに起こった心の動きを汲み取ることは、感想文も、批評も超えた、詩です。
もしかしたら最も絵画に近いものになるかもしれません。
(文・村田 仁)

先の、村山槐多のラヴレターを見た影響で、ピンクの和紙を買い込んだ!

http://jinmurata.wordpress.com/2012/04/25/%E2%96%A0-%E8%A9%A9%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97%E3%80%8C%E7%B5%B5%E7%94%BB%E3%81%B8%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%8D/

火曜日, 1月 24, 2012

はやあし

碓井さんの Tumblr にアップされた雪上の猫ちゃん写真が素敵だ。
はやあしのようだ。

このごろ自分は、セーターを着っぱなしで寝起きしてしまっている。
あたたかさが保持されるはず。

http://yuiusui.tumblr.com/post/16402802912

月曜日, 1月 23, 2012

W 不明瞭の使用

頂きもののタジン鍋で豚肉を茹でて頂く。W 頂くの使用。美味し。

京都市長選挙が、瓦礫受け入れ問題の賛成反対選挙に実質なるであろうというツィートを見る。放射性物質を各地に拡散させるという処理は避けるという大原則を守れないのは、怠惰なのか、仕方ないことなのか。そもそも高い物質のものは来ないから大丈夫ということなのか、不明瞭なことこのうえない。不明瞭であるという責任を押しつけているのは自分だが。

日曜日, 1月 22, 2012

暗くなる次第・連呼できるだけ

そうしたら、終電で居合わせた乗客が泣きながら iPhone4 で話しているではないか。
どうやら別れ話で、聞き取りにくいなかにも「終わりだね」を連呼している。
そのように聴こえた。
通話切のタップひとつ。
彼は終点ひとつ前の駅で降りた。
ビルに時刻の赤ネオン。
連呼できるだけ、諸々が過ぎた。言葉は撫で回すというより、迎えようとしている。


土曜日, 1月 21, 2012

槐多!

村山槐多 in 岡崎市美術館。
良かった。「天才詩人画家22才の生涯」と題されていた回顧展。やはり自画像多く、裸婦はふくよかに艶かしく、恩師の山本鼎の作品はなんとも秀才的であり、氏が居なかったら槐多は世に知られていないだろう。狂人で、強烈な個性は一歩間違えれば傍迷惑な炎だ。
自筆詩あり、ラヴレターあり!しかもピンクの紙にしたためていた!
自分は仕事を宙ぶらりんにして、辿り着き、雨のなか、電車とバスを一人で乗り継ぎ、また孤独に帰るとか格好付けても、何も付けられてない。駅ビルの低い天井と古めかしい新書店、レコード屋、喫茶店の間をすり抜け、バスターミナルで異様に待たされた。
村山槐多を好きだって、おかしい人だと東京で言われた十余年前。
槐多!

http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/bihaku/db/past_exhibition/past107.htm


金曜日, 1月 20, 2012

「おうむ」でなく「となみ更」だった

電話で伝わったのか、伝わらなかったのか。
店頭で立ち止まった。
転々と。


木曜日, 1月 19, 2012

三人展の DM は決まって長方形で、よく雨に濡れても大丈夫な厚さだ

雨が降るコンビニ前の路上で、三人展の DM を頂く。鞄の中から長方形の大型サイズを取り出して。伊勢か。ここは名古屋市内の、地下鉄栄駅近くの。七時過ぎくらいの、夜休憩の合間に来たコンビニだって。僕は帰るところだった。地下鉄に乗って、逃げるように。降りた後で濡れるだろうけども。

水曜日, 1月 18, 2012

暗くなる次第に至ってから周辺の動き

彼は観察する。自分の言葉に戻れる箇所を洗い出す。
私は滑走する。洗い出して、乾かすまでの間に白状させてしまおう。
日は着陸する。正確には着陸を試みる。いまのところうまくいっている。
君は押し黙る。そして何か言いたそうと見る彼を、追い払って、携帯は充電したまま、階段下の自販機まで走る。押し黙ったのも置いたままで動ききって、何か飲んでからまばたきを数回意識的に行う。
息は見つける。それを誰にも伝えられずに果てる。
彼も、私も、君も、いつかいない。
日は早さを変えながら、また浮かび上がる。

火曜日, 1月 17, 2012

パンか詩か

役場の路上でパン売っているおじさんがいた。
その向かいで詩を読んだら、「パンか詩か」って直球で楽しいかも。

月曜日, 1月 16, 2012

暗くなる次第・エンドロールをフライングせよ

詩である存在を起こすには、息を止めることはなく、背筋を伸ばすことはなく、言葉を頼りにやってきて、信じることを仕方ないとして去れればいい。
暗くなることはわかっている。
明るくできることも。
待つには寝るときもある。
もっとゆっくり話してほしいと言われて、もっと優しく伝えたいと話して。

日曜日, 1月 15, 2012

モアに

今池に流れなう。流れ流れて いつぞやの呑み屋なう。
モア・ディープ。
モア。モア。モア。
初めてなので遠慮して言葉数が少ないのではなく、もともとそうである三名。自分一人何かに五月蝿く。

土曜日, 1月 14, 2012

奇跡という映画

何の前知識もなく映画「奇跡」(監督, 是枝裕和/前田航基、前田旺志郎、オダギリジョー、大塚寧々 /2011)を DVD で見た。
ドラマと批評性を奥に秘めていた。綺麗な画面に活きた台詞。一級品的なCMかもと身構えていたのは、ラストでほぐれた。
かなり思慮深い。大人の映画。
蓮實重彦の評文も読む。大人の映画とある。

それから九州に限らず、新幹線を見ると思い出し、そして去年の三月に走り出したという動きも思い出す。

http://kiseki.gaga.ne.jp/

金曜日, 1月 13, 2012

暗くなる次第・刷り出して

詩を読むことで、日の動きを追えないかと思う。
一日中、念仏のように唱えなくても、少しの間 読めば、一日を覆ってくれるような。
少しの言葉がみんな覆ってくれるような。
それが詩で、覆う経過が「次第」だ。
本作は「暗くなる次第」という名で、会期中、異なる時刻に行う詩である。
「緘黙する景色」の一室に通う。
気付けば何も見えなくなったというのも無くなる。
残っているのは、読んだ書いたを経た詩だ。

1月14日(土)13:45-
15日(日)15:00-
18日(水)10:30-
21日(土)9:30-
22日(日)16:30-

各回長くとも 15分。

木曜日, 1月 12, 2012

暗くなる次第のはじまり・何度もご自由にどうぞ

何度もご自由にどうぞと頂き、ギリギリのところにいるのがよく見えたみたい。
ヘルメットを被って声がどこまで上がるか計れば、もっと気が楽になるかな。
「緘黙する景色」のなかで詩を読むのは、「暗くなる次第」という題名にした。
床は水浸しではないが、部屋は干潟だ。


水曜日, 1月 11, 2012

この景色の上で、言葉にする手前で。

「この景色があらわれることをずっと待っていた。」
の思いと、あらわれることへの疑い。四人と二人は、入れ替わり、立ち代わりの、ここは言わばドラゴンボールの「精神と時の部屋」。いつだったか数年前にもあった。あのときは徹夜続きの映像編集で、Mac に突っ伏すのを自慢してた。
いまは何を自慢しても仕方ないことを知っている。
この景色の上で、言葉にする手前で。

火曜日, 1月 10, 2012

緘黙する景色の告知のために書いたテキストを消す

野生の無精がたたって、搬入準備日に展覧会の告知メールなり、手紙なりを送ろうとバッグにいれていた。
控室にその紙を積んでおいき、作業の合間に読んでみた。
半日したのち、その紙を削除すべくバッグに丸めて入れた。
それは企画者である伊藤氏の情熱を客観的に捉えようとしたものだったが、そんな想いは作品なり、展覧会に参加している仕事に現れるべきなのだ。取り繕うことが優にできても、それは価値が無い。

月曜日, 1月 09, 2012

緘黙する景色 前夜

【information】
ファン・デ・ナゴヤ2012「緘黙する景色」に参加します。
2012年1月22日(木)-22日(日)※16日(月)閉館
9:30-19:00 (日曜は17:00 閉館)
名古屋市民ギャラリー矢田第一展示室
河田政樹 丹羽康博 村田仁 伊藤正人
企画・伊藤正人
会場内で詩の朗読をします。以下の時刻から読みはじめます。
長くとも15分位。
1月14日(土)13:45〜、15日(日)15:00〜、18日(水)10:30〜、21日(土)9:30〜、22日(日)16:30〜
まだその題名を考えています。

いよいよ明日、明後日は搬入。
これまで稼働式のエレベーターに乗って 腰がひけていること数回。
ライトを一つにするために。

http://beyondwords2012.blogspot.com/

日曜日, 1月 08, 2012

シュトーレン謝謝ダンケシェン

元旦に(妻宛に)届いたドイツのケーキ、シュトーレンをゆっくり頂く。そうウイスキーと共に。
あんたら二人、毎日飲んでるの?と聞かれたのは当たっている。
いや「シュトーレン」は本当に甘くて美味しい。
薄く切って毎日楽しむそうである。


土曜日, 1月 07, 2012

ウイスキー買うとき

F食堂でウイスキー飲んでいたもんだから、チョッとチョーシにのってサァ。
スーパーマーケット・バローで口ずさむのよ。
ティッ、ティッ、ティッ、テリリリルリリー ティリッティ、ティティー。
「恋は遠い日の花火ではない」
カランカランー。
ほっ!
サントリー・オールドの TV-CM(1994)。
コピーは小野田孝雄氏。
でも、この「ほっ!」は効いてる。「イェイ」もあるけど。力こもってる。

http://www.youtube.com/watch?v=QhYeIyMjaR4&feature=youtube_gdata_player

金曜日, 1月 06, 2012

MC 反射

栄のクラブ・エデイッツにて、MCバトルを初めて見た。
MC MURCURY 参戦故。
ビートがかなり速くって、審査も一瞬だ。
ある程度の持ち玉リリックとかあるのだろうか。かなり反射神経の者も居るやもな。
かつてポエトリーリーディングのイベントで持ち玉、つまり定番ネタっぽくなっていた頃があった。詩人が自ら「ネタ」言っているときすらあった。
反射神経が動く要素がないと、つまらなくなってしまうよゼッタイ!

木曜日, 1月 05, 2012

正月は良いものだね

ホームタウンが三つできた。二つ目の西春にて新年会。会場は例のごとくF食堂。
何の理由もなく、正月は良いものだねという空気に。
話してることは政府はダメだと愚痴たっぷり。

水曜日, 1月 04, 2012

言いたげ

添い寝する犬と犬の間に寝る。
王国の不在は、とやかく言わないで、いまは静かに過ごそう。


火曜日, 1月 03, 2012

二人同時プレイ

正月らしくゲームをしようと妻は言った。
(そう、昨年の秋に婚姻届けを出した。こいびとの顔をよく見て、帰って泣いた にはならなかった。via 松下育男)
妻はツインビーに乗って、僕はウインビーに乗りました。


月曜日, 1月 02, 2012

何も怯えていないように見えるのは

何も怯えていないように見えるのは、楽しい絵を掘ったから。

猫の鬱は、猫のミッシェルと出会い、恐れおののき、やはりおしっこを漏らしながら逃げた。実家の三重にいる 猫のラムちゃんにも同じだった。家猫育ちのぬくぬくは甘ったるく、弱っちい。三が日後に 新居の「もにゃハウス」でくつろげるだろう。


日曜日, 1月 01, 2012

新しい日常、得体の知れない

2012年 あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

昨年は大きな地震があり、日本は、思っても見ない状況になってしまった。
非常に焦った。
自分の住んでいる東海地方は被災していないものの、不安は立ちこめている。
これは「国難」だろう。急に掲げられた「絆」という言葉に辟易する。

東浩紀らの言う「終わりなき日常の終わり」に頷く。
停電も、不況も、放射能事故も目に見えて、いや見えずに蔓延っている。
分からないやと無視してしまえば「終わった日常」は過ごせるかもしれない。
「もともと贅沢に贅沢を重ねて怠惰の果てにいたじゃないか。」とも思う。「日常」と「平和ボケ」が同じような顔をしていた。
かと言って、何をするのか? 何ができるかを問う暇もなく、今日の飯で精一杯でもある。
その条件は 皆同じことだ。
温度は確実に違っていて、要求されるタフネスが違う。
たとえば「節電」にしても、いつかツケを払い終えて、終わるものではない。
「日常を取り戻す」という言葉ではない。
終わり変わった、この「新しい日常」は、まだまだ得体が知れないのだ。
はじまったとすら呼びにくい感触だ。

元旦、新たな気持ちは行事で訪れる。
私たちの生活は続く。