土曜日, 3月 31, 2007

TOKYO CITY VIEW -私の意識-

青春十八切符の恩恵を受け、東へ向かう。窓には水平線が広がる。
♪ あったみこーらくえんホッテールー
と口ずさみ、立ち寄ったのは熱海。観光客に紛れてお寿司ランチを食べた。味噌汁が海の味を持っていて、ネタは口の中ですぐにとろけて美味であった。十八切符ならではの途中下車を堪能。目的地は首都、東京だ。

銀座のガーディアンガーデンにて うつゆみこさんの個展「なまなま」を見た。
広がり続けるキャットフードは緻密な感情である。猫はそれを無情にたいらげていた。感情はどっぷりしたなかで広がっていく。
作家のうつさんに、脳味噌がツーブロックになっている指人形を頂いた。

それから店員の二人がブラジル人で、客は白人のビジネスマンや黒人女性という国際的な吉野家で牛丼を夕食にし、森美術館へ。同時企画「日本美術が笑う」と「笑い展」を見る。
もはや "ゆるい" という言葉は市民権を得た。白隠らの水墨画など、本当に漫画を思わせるやさしく "ゆるい" 線で描かれていて、キャプションにもそうあった。
「笑い展」は後半になるに連れて深刻な意識に降りて行く。ブルー・ノーズ というユニットのブラックコメディー、山本高之のスプーン曲げをして微笑む子どものビデオが良かった。
途中で企画展示されていたジョン・ウッド&ポール・ハリソンの作品は、何かを発見したいという好奇心をくすぐってくれる意識を持ったビデオ群で、見入った。

ギャラリーでの同時展示は入場時間を越えてしまったので、見ることができなかった。そのまま展望台を廻り「TOKYO CITY VIEW」を見つめる。嘘みたいにタワーと国会議事堂、新宿の高層ビル、それに沼のように暗い皇居の土地が見えた。「すごいね」と呟くしかない超都市だっ た。

空席の多い深夜バスで帰る。行きも電車のなかでよく寝たが、帰りもよく眠るのである。銀の粒子が入っているというウェットティッシュで足を拭く。

http://rcc.recruit.co.jp/gg/exhibition/gg_ex_current/gg_ex_current.html

http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/index.html

金曜日, 3月 30, 2007

天井に桜

室内花見で愉快な晩だった。
鴨鍋とちらし寿司にシナモンとオレンジたっぷりのホットワイン。

迷信の魅惑に酔うのは考えものだ。
三十歳とか大木とか。
言葉に従うのではなく、言葉から産み出さなければ不毛な財産だと。

木曜日, 3月 29, 2007

鋭い目つきになる

新しい試みをはじめるのだ。
「風の谷のナウシカ」(著,宮崎駿/徳間書店/1982-1994)を読んで手を振る。
用意された救世の方法に寄りかかるのではない。

水曜日, 3月 28, 2007

できなかったこと、できそうだったこと、できたこと

三年間働いた絵画教室を終えた。
最終回の今日は写し絵を描いて、トランプをプレゼントして、それにピッタリの箱を探しに百円ショップに出かけて、なんだかんだでタッパーがいちばんフィットしたのであった。無くさないように遊んでほしい。
周囲にアンテナを立たせる時間でした。
そして次の先生にバトンタッチ。
来月の半ばに教室の荷物を整理することを確認。
オムレツとコーラで溜め息まじりの話。花粉症みたいで嫌だ。

できなかったこと、できそうだったこと、できたこと、
いまは放心で
ただ、身を待つのだ。

火曜日, 3月 27, 2007

No future No cry.

気持ちが具体的なことを現す。
素直な作り方。
素直な日々、それはそれで良かったことだろう。
自分で自分を苦しめるのを覚えている。次回作は何処。
春の彼女にとどけこの唄よ。
No future No cry...

月曜日, 3月 26, 2007

お茶の間

楽しかった土日を経て、ちょっとユーウツな月曜日。
本と荷物を整理して、「お茶の間」(著,望月峯太郎/1992)を読んだ。
愛を体現する熱い人生設計がはじけていた。
バブリーな時代も、ポストバブルの現代も若者は葛藤するのがエネルギーなんだなと頭で分かっていたことを納得する。

世界レベルの戦いもお茶の間で見てね!

日曜日, 3月 25, 2007

知多礼讃、ライフ礼讃

修学旅行みたくたくさんの川の字。寝起きに HIROMIX をめくっていたら、グラッと揺れ、テレビを点けると石川で震度6強のマグニチュード7.1。ここいらは震度2か。集団心理と正常値バイアス恐ろしく、危機 感は生まれず、何も出来ずたじろぐ様子見、一年前からずっとだ。もういろんなことに答えは出たろう? 日記を読み返して気付く。こんなことはもう書かないだろう。ブックオフではやはり満たされなかっただろう。未開に期待する気持ちは自然だが。常滑の、ごん ぎつねの湯でビジョンを見る。陶芸とギャラリーが続く遊歩道と暮らし方のイロハを廻る。
名古屋市より北上しした北名古屋市より北上した道路沿いにあるラーメン屋で、場末の湯をすすったとき。地震の恐怖と、温泉の安らぎと、先行きの無い感情を 思った。日々の時間は丁寧に、この気持ちの在処を、自分自身が探っていくのだ。たくさんのものを見、無条件に東京に憧れ、アートを特別視し、生活をも含め て批評したとしても、みんな己にかかっているんだな。
はたまた知多礼讃。ライフ礼讃です。

土曜日, 3月 24, 2007

おかえりたけとよ

四人で車に乗り合わせ、愛知県を南下した。
知多半島の武豊町、町民会館で行われる「武豊アニメーションフェスティバル(TAFF'07)」を見に。またそれからその打ち上げと誕生日会と、一年がかりで世界を半周してきた伊藤氏を囲み、友人らと食事とお酒。これまた何気に一年ぶり。
海沿いの海鮮料理屋で美味しく過ごす。
一晩じゅう、旅の写真とアニメーションを上下の画面で。
命を以て捉えた光が
残るよプレビュー。

http://www.alt-nagoya.com/blog/

金曜日, 3月 23, 2007

春と修羅

稲沢まで自転車で走ることを決めた。
決めなくてはいけないことはたくさんあるが、ひとつに集約される。
歩道のガタゴトも爆音で突っ切って行く。
あっ!宮沢賢治の「春と修羅」!!

http://www.ihatov.cc/haru_1/009_d.htm

http://www.ihatov.cc/doc/draft.html

木曜日, 3月 22, 2007

あらゆる夢よ

押し入れと本棚を見返し、新古本チェーン店の類いに向かうのであった。
公共料金を立て続けに支払い、同時にいろんなものが欲しくなって。
そんなことより、と思いを仕切り直す。
何にでもどん欲で、何にでも心を動かし、何にでも見つめ返す。
いま風邪をひいている場合ではないという決意と同じレベルで、部屋は寒く、はなが止まらぬ。
あらゆる夢よ。
その姿の有り様を、根っこを見せるのだ。
バブル期の番組は本当に夢を見ている。理由無く夢を追いかけられると思っている。

水曜日, 3月 21, 2007

子どもの君にはさようならになるわけだ

二、三個あったスティックのりをみんな使い切ってしまった。今日で一番年下の男の子とはお別れの最後になる。今日もおじいさんと階段を降りて行った。この ことを見つめて描きたい。今日は、ずっとじゅんぐりに延ばしていたトランプをづくりをフィニッシュに持っていくべく、切り貼り作業。昨晩にプリントアウト を終えていたが、カッティングマットは直線だらけを続けて、スムーズに切れなくなる。のりも尽きた。この頃、こんな内職仕事ばかりだなと呟く。解体引っ越 し作業よりは性にあってるなと自覚する。いろんな仕事をやって、どれも不毛だったのだけは避けるわよ。トランプは遊べるからいいね。大富豪、みんな強く なった。後一回だ。マリオでまた思い出す顔が増えた。また会えるけれど、小さい彼にはさよならか。先生の視線はそう残るんだな。時間は優しくも惨くもあ る。西山氏と合流する前は、空き缶空きビンをリサイクル捨て場へ一気にポイポイと。すぐ近くの図書館でいろいろ借りた。10cc など。

火曜日, 3月 20, 2007

コバルトブルーの光まで

さいきんの道中では「インザハウス(家ん中)」(MCペテン師/2005)を聴いています。生活臭溢れるニヒルなポップ。開き直りではなく、純粋なリリックなのです。

億万長者のマンション億ション オークションとはいかないが
アパマンショップで選んだ ボロマンション住む
「時給1000円以下は持久戦」部分

その後、二年間の厳しい警戒態勢のもと檻の中で元気に暮らした。
ある日、ペテン師は「我は全知全能の神の化身、ペテン師」と言ってみた。
ペテン師の掲示を信じ、ニューエイジ系から、新レンジ原付までペテン師教信者が増えてきた。熱狂的なファンが義援金を募集したところ "APC" つまりエイジアン・ペテンシ・コーポレーションの青年実業家が支援し、めでたくテレビに出て来たが、芸能人ばりの下心まる見えの名演技とわかり、マスコミ に袋叩きにあい、二年に渡る充電期間をとった。そのとき低迷していた景気が一時的に上向きになった。
「ペテン師の秘密」部分

もちろんどれも作詞は MCペテン師。ライトにキマス。

月曜日, 3月 19, 2007

こっちの書き方が気持ちいいように

袋管理ではなく、箱管理の整理整とんでいこう!

と、気持ち新たに。

週末は武豊町で行われるアニメーション祭「TAFF07'」に向かいまっす。

http://www.alt-nagoya.com/blog/

日曜日, 3月 18, 2007

see you.

さあ行こう。最終日からはじまる。
猫缶をかざして、レンズを向けたら逆光でシャッターが下りなかったから、うつむいて見つめた。僕らの日々は洗濯機のなかで、本に挟まって待っている。この部屋で僕らには意味など忘れ、僕らには語ることだけがあるのだ。言葉によってでも、何でもいいことだ。

さあこれからどれくらいの時間が経つだろう。
またいつかの部屋のなかで、僕らは会いましょう。
たとえ私が居なくとも、言葉はそこにあるでしょう。

病院のようなこの廊下。
無能な処置にセイグッバイ。
缶ビール並び、プレゼンテーション集う、会はまたに。
感謝の念です。

土曜日, 3月 17, 2007

クラクションを笛に変えて

ありがとうの証明。卒論には名前が並ぶ。
私の場所を探す。
私には手帳がある。私がここにいたという言葉が、私のいま目の前にある。
最果ての地からは、空が広がっていた。
来てくださった皆々と、そこに腰掛けて話をした。

「勝利の笑顔」(詞、曲、槇原敬之/1991)を頭のなかで聴く。
晩はおでん、ギネス、ケーキ。ジュレという音がジュレっぽい。
深夜ラジオで、また会いましょう。

金曜日, 3月 16, 2007

これがそのもの

予約録画していた小椋桂の番組にて、穏やかな歌詞世界に触れる。メロディがフレーズを呼び、フレーズがメロディを呼ぶ。画が言葉を呼ぶこと、言葉が画を呼 ぶこと。これらが分離せず、ひとつになること。それが重要だ。なにものでもない、音楽や詩、それでしか引き起こされぬ時間、空間。その可能性が垣間見え る。「演出」ではない。これがそのものだ。目に見えぬもの。言葉にできぬもの。実はそれらを通じて、すべては関係をしている。
彼が無言で去っても
背中に言葉を投げてしまう
背中を見せないようにされても

木曜日, 3月 15, 2007

その言葉で

どこが重なり、どこが離れるのか。意図と意志。
そして新しい仕事がはじまる。
どん底、どん底、どん底天使という歌があったな。
そう、
力が湧きあがってくる。
その言葉で。

水曜日, 3月 14, 2007

先生が来られた

心の目についてを伺う。背中を見て別れるのはこの廊下の特徴みたいだ。
壁が目の前にあった。ここはひとつの部屋で、言葉は何よりもそのままにあった。
朝と夜、まったく変わった心境を、同じ人間が持って眠っている。
僕の試みはまだ終わっていない。
勿体ないことを繰り返しはしない。

「詩とことば」(著,荒川洋治/岩波書店/2004)を読んだ。先生が会場に来てくれて、お話をしたような気持ちになった。私はこんなふうに考えるんだよという息づかいがそのままにあった。散文と詩についての考察。北原白秋の心。とても面白かった。
プレゼントに、ワインとパンとチーズを頂いた。駅からアパートまで歩いてみせて、夜は少しゴクリきゅうとして、寝言を待った。

火曜日, 3月 13, 2007

判断は吹き抜ける

昨日から口を酸っぱくしているが、如何に閃きが重要かと思う。ガンガン頑張ると鼻息を荒くしても、あてのないことにもがいているばかりでは何も変わらなく、自分から周囲を苦しませる不毛である。いいかげん、はやく気付けよ。これらは全て取り組みの度量による。
そして朝、谷澤氏とふたりでマーガリンを塗りたくった食パン一枚ずつにコーヒー、牛乳。別れて彼は大学へ、私はギャラリーへ向かった。

判断は吹き抜ける
穏やかな風はどこから
取り込むことが
できるのだろう
それはあなたのなかにある
それは
あなたの
なかに
ある

月曜日, 3月 12, 2007

どたばた

犬飼さんが DVD のリモコンを見つけてくれたので、お互い搬入というどたばたのなか、連絡をとって朝に大学へ受け取りに行く。ちょうどトラックに積み込んでいたところだっ た。その足で開店と同時にゲオで返却。部屋に戻って、真坂氏らすぐ来る。車でラボ、ギャラリーと移動。谷澤氏に合流。都合で必要な物資調達に近くのホーム センターへ。車がないと運べない。五時までの取り決め時間に搬入と設置を終え、駐車場が閉まってしまうので、先に車だけ出してもらって片付けなどをして出 る。ジャスコでゲリラ。休息を求めて向かったデニーズでプチ富裕層の洗礼を受けて逆に超疲労する。コメダ珈琲は駐車場代を取らないから落ち着けた。暗い話 題ばかり出る。個展は現実を照射したのだ。帰って、電気が切れかかった六畳間に座卓し、缶ビールでおつかれさま。村上龍が村上隆の番組に出ていたのを見 る。アートマネージメントの一端を覗き見した気分のあと、ファミコンを取り出す。西山氏はくにおくんの運動会世代ではないようだった。数年違うと、スー ファミ全盛期に当たるんだよな。そこからポケモン世代がはじまるのだが、僕はそこに何の思い入れも無いビックリマン世代。そんな話題に終始しないよう、8 ビットアートについて熱くなるが、全員どたばた手伝ってもらったわけで、もう寝よう。ケータイの電池が切れるみたいに静かになった。

日曜日, 3月 11, 2007

いそいそ

キャベツにウインナーのチャーハンに茄子のひき肉炒め、インスタントのふかひれ入りたまごスープでゆっくりして寝た。
昼すぎより、いそいそと動く。
図書館で谷岡ヤスジなどを借りた。
上階の民俗資料館で昭和の鏡展を見た。
明日の搬入のために要る道具類を、玄関先に並べる。
ゲオで借りていた DVD プレイヤーのリモコンを忘れていたので、返却しに行くが無駄足に終わる。
深夜の NHK で、また手塚治虫を再放送しているので録りながら見る。このなかで出てくる仕事場密着の番組が見たい。

土曜日, 3月 10, 2007

金曜日, 3月 09, 2007

When this wonderful war is ended

夢を語るのも 夢を作るのも
夢を売るのも もうやめだ

When this wonderful war is ended
The war is ended
The war is ended
The war is ended

「When this wonderful war is ended」(詞,曲、鈴木慶一/2006)より

受話器にささやく
俺の声はくぐもった
そのまま活字と共に箱に入れたい。
声高に掲げられた言葉にさようなら。
異国の歌はとても拙いのでしょう。
遠くの地では誰も知らないから、ふくらみます。素晴らしいアーティストなど死後の世界の話だ。
何をしている。
俺に足りないのはその力だ。

クエスチョンマークはもういい。

木曜日, 3月 08, 2007

東京の月に舌を出して彷徨ったら、飛び乗るんだ

この映画に芸術を求めてはいけない
いまや芸術は死んだ
自己満足の広告めいたものばかりがある

「ルナシー」(監督,ヤン・シュバンクマイエル/2005)

場は仮想的に作っていかなければならない
何故ならば場は無いから

「マニアの受難」(監督,白井康彦/2006)

シネマテークより覚え書き。
横になっても消えない
東京の月に舌を出して彷徨ったら、飛び乗るんだ。

http://www.a-a-agallery.org/event/lunacy/index.html

http://passion-maniacs.com/

水曜日, 3月 07, 2007

こころはいつもムーブマン

媚びない受付に徹したい。
何が要るかは実は明らかみたい。
漠然とした間には話が終わる。
絵画教室は数分間のクロッキー。ムーブマンって何?
古風な彼女になってしまった。
一冊にするにはきめ細かい、意識が立つのだ。
夜は駅前まで送ってもらった。
軽薄な試みでは何も変わらない。
軽やかとは異なる。







火曜日, 3月 06, 2007

それでどうしたって言うんだい

今月は清算です。
おやじな展開はごめんです。
机に向かって何でも前にする。
話せ、話せ、もっと話せ。
もどせ、もどせ、全部もどせ。
see you. の後を
想像せよ。



月曜日, 3月 05, 2007

良かった!良かった!当社比だ!

起きると、昨日とは打って変わって雨風が吹き荒れていた。傘をさして大学内ギャラリーへ向かう。あいにくの搬入日。

昨年ドイツのブレーメンで行ったアートプロジェクトの模様を伝える展覧会。
bnap06 報告展。各自作家による出品作品の展示と、お土産グッズ写真やドキュメント映像などによって構成をした。私は「鉛筆はミサイルとロケットを持っている」を展示。
準備と構想を進めてくれたメンバーのおかげで、段取り良く搬入が完了した。良かった!良かった!当社比だ!

それからキンブルで「うりにきた」を初経験。
楽しく眺めて「かいにきた」もする。Bic のボールペンをセットで購入。
吉野家にて牛丼を食べた。久しぶりだなと思った。



日曜日, 3月 04, 2007

家族の前で

大好きな犬っころ。猫っころと。
夜風が生温かく感じられるまで。ストーブを焚き付けておくれ。ちゃんと髭を剃っておくれ。たとえ休みであったとしても。

もう何べん入門したか分からないけれど、これからもきっと入り直すときがありそう。「対談 現代詩入門 ことば・日本語・詩」(著,大岡信、谷川俊太郎/詩の森文庫/2006)を読んだ。世代論みたいになると ちょっと醒めてしまうところがあるけど、意味だけじゃないんだと言葉の怪物っぷりを熱っぽく交わす章は面白かった。詩誌に投稿された若い詩人の詩を論ずる 章のくだり。やはり若人にはより簡潔に本当のことを喋るものなのだ。90年代のポエトリーリーディング流行以前の対談だが、どこも古びたところは無い。ま だ何もはじまっていないのだ。語られるのも早い。終わるのにはまだ早い。

二匹の犬と二人の人間は、木がパチパチ言う前で眠った。
一緒に眠るとやっぱり違う。
さて詩とは何だろう。
デジカメによる写真とは何ができるか。
僕たちにはまだ新しい言葉があるんだ。
そう思わせてくれる、夜風までだった。
愛らしい目で見ていた。
スヤッ!
ウウ〜ッ!ワンワンワワン!バフバフッ!クゥーン。クゥーン。
家族の前で
声がしていた。

土曜日, 3月 03, 2007

春のサナトリウム

空港線のハードオフまで歩いてみる。帰りはバスだと決めておいて、やれるだけはやってみる。PS法のおかげで何も面白いものは無い。状況は変わっているんだな。
30円分をケチって、駅よりひとつ前の停留所で降りた。スーパーで88円になっているアイスクリームを買う。森永のビスケットサンドを好んで選ぶ。そうこうしているうちに荷造りだなんだと定刻になってしまうので、あわてて電車に飛び乗った。

月を追う。
日々を追う。
雛祭りのお団子、買わなかった。
キムチ鍋と元気な黒い男の子。BS2で、元ちとせのライブ。「冬のサナトリウム」(詞,曲、あがた森魚/1972)やってた。

金曜日, 3月 02, 2007

菜の花が入ったお弁当

公園では園児が走り回り、女は常にこちらを見つめている。写真を開く。
お弁当に菜の花が入っているのは、好きだわ。

大須を徘徊し、機材チェック。探しまわって中古ものを購入。そのまま歩いて新進気鋭アーティストの発見展、名芸の卒展、real と連続鑑賞。
林勇気さんの「ささやかでつつましく」というビデオインスタレーションが面白かった。音楽もきれいで、美しいリレーでした。

六時を過ぎてもまだ明るい。こいつは嬉しい季節になるなぁ。

http://www.aichi-new-artists.com/

木曜日, 3月 01, 2007

無能な説教もう勘弁

bnap06 報告展前の最終ミーティング。一体いままで何回こうやって集まってきたんだろうなぁ。いよいよ三年越しのこいつもフィナーレだ。事務的な無能の展開はもう 勘弁。アートだなんだと言うのも、レスポンスレスポンスでござんす。最初の喜びを忘れちゃいけないやい。なんでこれをやってるんかなとね。