ラベル CUBE の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル CUBE の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

木曜日, 8月 21, 2014

こどもを私たちが描いている

母校の美術部の展覧会だからこそ、母が子を描くという素朴な絵を出そうと思った。 母の絵が二枚並ぶ。額を分けて、でも繋げて 祖母が叔父を抱いている絵を、写真を見ながら自分は描いた。 絵は放っておいても、こっちにやってくる。 詩は待っている。 それらが集まるのは絵手紙や、絵葉書や、絵日記や、色紙や絵本や挿絵や新聞や。いや、文字は余計なのだ。意味を放ちはじめてしまうと、急にありがた迷惑がはじまる。「こども」と題したそれはこれからの仕事に続く。 展覧会の打ち上げ、懇親会の挨拶で自分はその胸中と、在校生にラブコールを送った。 三年は長いようですぐだ。 台風もまた来るだろう。 告白とパエリヤと猫の散歩とフィナーレに向けて、「こども」を私たちが描いている。

http://jinmurata.jpn.org/poems/kodomo/index.html

日曜日, 8月 10, 2014

大浦先生のこと

大浦先生、怖かった。中学校の同級生が津新町に親戚がいて、中学で大浦先生の教室に通っていた。四狂のY氏! 油絵が描けるんだと自慢されて、BSでやっていた ボブの絵画教室のビデオを見せられて、それ通りに絵を描こうと見たこともないヨーロッパの風景を描いて、扇型の筆をはじめて使って。津新町の画材屋アドックで筆を買った。川沿いに歩くと模型店があって、久画廊も、中学のときの美術部の女性部長とたこ焼きを食べたりして。 それから久居高校の美術部に入ってから、話に聞いていた教室に遊びに行って、子供らの靴が玄関にたくさん並んでいて、ラベンダーの香りがするオイルが花の絵に使われていて、F0号の愛でるサイズで。名芸に入ってから、僕が 詩の展覧会をしたときに、先生がちょうど大須のギャラリーで個展をされていて、こんなことをやっていますと自慢気にチラシを持って行ったら、シャンシャン飲み会になるだけの発表は何の意義も無いぞと叱られて。そこから、けしかけられた通りに、待っているだけでなくて、こちらから声にしろと、朗読をしはじめました。 高校のときの美術部の合宿のとき、夜の講評会にて、絵は一瞬で分かる瞬間芸術で、音楽や文章は時間を経て分かる時間軸の芸術なんだと話されていたのを覚えていて、ちょうど「詩」の表現をするなら、そのことを意識するべきだと叱られたのです。翌日、朗読をしはじめましたと、刷り足したチラシをまたギャラリーに持っていきました。絵画は音楽に憧れる。それを聞いていたのだと、いま思い出しています。

日曜日, 8月 03, 2014

ここの日記にまた改めて書くと

このお盆は、三年に一度行っている展覧会がある。母校の久居高校美術部による在校生と卒業生の合同展。「CUBE 展」。自分は97年から参加していて、これは Facebook にも書いたのだけれど、今の自分がこうしているのは、久居高校美術部のおかげである。
こんな私に誰がしたと続くところまでそらで浮かぶ。
ただの同窓会展じゃあないという気合いを当時から感じていた。そう、常に自分自身へえぐり返す活動であった。それが 表現への強い衝動であったと・・!
これも Twiiter に書いたのですが、八回目となる今回も、過去の作品でお茶を濁すのではなく、新作を発表します。いまの自分のリアルへ対峙する作品を。

八月の二日は第一土曜日で、詩の教室「詩から」をアートセンター[Yojo-Han]  で開講。前回に続いてテーマは「吠える」。詩を持ち寄るものの、なかなか難しい。これも「詩から」の教室報告ブログに書いてあるのだが、「詩の真実の意味を示すもの」として「折り句」を用いる。これによって、ただ吠えれば良いというだけでなく、より冷静に吠える術を考えることとなる。見事に教室で書いた 全員の詩は、少し脅迫めいたような強さを持った折り句が並んだ。次回は読書感想詩を持ち寄ることにする。詳細はここでは省略。リンク誘導が基本のはずなんだ。

ここの日記にまた改めて書くと、見渡せるんだ。見渡せる。スマホからタブレットに変えたように、見渡せる。いろんなことがあるから、よく分からなくなりがちだ。カンカン照りの汗だくのなかで。

http://hisaicube.tumblr.com/

http://si-ka-ra.tumblr.com/post/93587352783

木曜日, 6月 19, 2014

30分でも詩を書けるか

高校の美術部のときに、卒業した先輩らと先生が話していたこと。勤めを終えて、くたくたになって帰宅してから、家のアトリエで 30分でも絵を描けるか。そこが分かれ目だ。
いま自分は三十余歳で、まさしくその状況、いや、あのときに話していた先輩より歳をとっている。そう、勤めを終えてからはビールが無性に飲みたくなり、飲んだらもう寝るだけだ。あのときの先輩と先生が飲酒の欲望に勝たねばと話していたかは疑わしいが。いま、30分でも詩を書けるか?
一眠りして、早くに起きてノートを開くのが良いだろう。

日曜日, 8月 21, 2011

ラムちゃん

実家の猫、ラムちゃんはてんかん持ちだが、強くたくましい。犬に負けないワイルドキャットだ。
三重の田舎の田畑を駆け回って、ときどき住居に帰って生きている。
ずっと家猫の、我が愛猫 鬱などパチンである。

CUBE 展の最終日、搬出は車を頼んでいた関係で 控え室掃除の段階に失礼をさせて頂いた。
真空管テレビ台を運びきって、ひとまずの解放。ラムちゃんが上で寝るだろう。
夜は弟に久しぶりに会って、泣きじゃくる甥と笑う姪とピザを食べた。近鉄で名古屋へ戻る。


土曜日, 8月 20, 2011

これからあることなのかもしれない

CUBE 展 会場へ。津駅から美術館まで歩くときに、暑さがひいていることを実感。らくに歩ける。いままでだったら汗だくの半死に状態で向かっていたことを思えば、相当涼しくなってきてくれた。

県民ギャラリーのすぐ前にある木製椅子に座って、稲垣さんと仕事やビールの話。
林さんには言葉のテンポの感想を聞く。
秋に津である展覧会のことを倉岡先生は話していた。夜にある懇親会の前に、らんぷという喫茶店に行ってチケットでごちそうになった。店へ行くのに、iPad を出して地図を出しては自慢げに向かったが、google マップでの特定位置が「おおよその場所」という表示で、結局迷ってしまった。UQ WiMAX は津市内でも接続が不安定で、再検索ができない。繋がるときに先に web でもチェックしておくべきだったのだ。

後輩の実行委員らが懇親会のレストランを準備してくれていた。向かうときに雨が降り出し、予定の時間を超えて騒いだ後にも雨は降っていた。
地元の駅まで送ってもらう。絵を描き続けていられるのは楽しいと聞く。
急に雨が降ってきて、大慌てでキャンバスをしまうような風景を思い浮かべた。実際に高校のときに美術部の合宿であったことかどうかも思い出せない。思い出に戻ろうとしているのではなくて、続いていく面子で新しいことをしているわけで、もしかしたらこれからあることなのかもしれない。


木曜日, 8月 18, 2011

終了って言葉、さみしいと感じました。

「終了って言葉、さみしいと感じました。」

Twitter で伊藤さんへしつこくフォローして聞き出した、出品作「世界の終了ではない」の感想。
丁寧に言葉にしてくれて嬉しい。

温度は勝手に起こるのが良い。

火曜日, 8月 16, 2011

車を出してもらう

CUBE 展の搬入に、ユーシクンに車を出してもらう。三月まで同じ職場で、それ以来 会っていなかった。車中ではあれからの生活について話す。割の良いバイトのこと。住居のこと。ここいら周囲のアートシーン話とか、結局は タブレットは iPad2 の一人勝ちで、Android のタブレットは重いし値段も同じくらいで (むしろ高くて) アプリもタブレット用は少なくて 勝負にならんという話になった。いやほとんど僕が騒いでいただけだ。
彼にはギャラリーの搬入口まで運んでもらい、とても助かった。

無事に搬入を終えて、実家まで徳田さんに送って頂く。
津から久居、一志へと旧道で抜けたので、十五年ぶりに見た風景が新鮮だった。旧道の店はあまり変わっていなかった。
夜、映像の手直しを子供部屋、現 仕事部屋でレンダリング。

土曜日, 8月 13, 2011

世界の終了ではないを制作

編集仕切り直し。考え方を変えなきゃということを考えこんでしまう。取り込み方法を簡略化。文字の表示方法を幾つか試す。Live Type を併用するのをやめる。理由はアニメーションがそこまで激しくないのと、タイプライターアニメに違和感を持ったから。欲しいのはテレビのバラエティー番組での文字区切り関係なく出る引き戸アニメ。こちらのほうが重くないし、タイプのように入力しているのではなくて、声に出していることという印象になる。重くないテイストというのはこの作品にとって重要だ。タイトルは「世界の終了ではない」。映すのにと購入した真空管テレビは動かなくなってしまった。完全修理には日にちが足りない。

木曜日, 8月 11, 2011

ジワジワ編集

Mac 数台同時に使わせてもらって、今月の CUBE 展に出す作品の映像編集。編集時に必要だと思う勢いの良さが、どうも起こらない。バッサリいかずにジワジワ切り刻む。ひとつの意味で決め切らず、囲いこむように問い詰める。時間がかかってしまうのがあまり歓迎できない状況で、少し焦る。焦っても仕方なく、何をするべきかなのと、何ができるかを冷静に見極めるしかない。なんてことの繰り返しだ。いい時間で終了。今回の作品の原案をもたらしてくれた 桑さんに編集の技術的なことも教えて頂く。Final Cut Express だとやっぱりか弱いのね。遅くまでやっている中華料理屋で満腹。

月曜日, 8月 08, 2011

カオティックな画面に流れている見えないもの

テレビ画面はアナログ放送終了までのカウントダウンが編集され繋がって行く。声が画面に立っていく。声の列を 視聴者は追いかける。
世界について何かを言えば、目を覚ますしかなく、目をこすって行く笑顔と共に、交錯するしかなく、そういった方法でしか 世界を見れない。これだけが世界でないというのは常で、これだけが世界だというのも常だ。否定は常に肯定を持ち合わせている。
世界がいまここだというのは気分が良く、私なんて端の人間と言うのも誇り高い。
ガチマジで長い詩は とにかく全てを語ろうとする。全てこそが世界で、混沌を抜けて戻っての繰り返し。
土夜日 に描く混沌を ここに。
最後の晩餐萌えに徹する。

メモを携帯に。
それから地下でメール打ち込んでおいて、地上に出たと同時にまとめて送信処理をかける。

水曜日, 8月 03, 2011

世界の終わりじゃない

ファミレスに行くことをやめたのは 時間じゃなく金銭的な節約。バスで見送ったら、思いのほか早く着いたとメール。帰宅後、CUBE に出品する作品を進ませたいが見事に寝てしまう。

本作は「THE END OF THE WORLD」(詞、曲, 槇原敬之/1996)と同じ題名になりそうなところを走っていった。ありふれた言葉の否定で始めてみようと思っている。

http://www.youtube.com/watch?v=of0j702dxZI&feature=related

日曜日, 7月 03, 2011

CUBE8

information です。

◆母校の美術部企画展に参加します。

第8回「CUBE」久居高校 美術部 在校生 卒業生 合同展

会期・2011年 8月17日(水) - 8月21日(日)
   9:30 - 17:00 (入館は16:30まで。最終日21日は15:00まで)
   会期中無休、入場無料
会場・三重県立美術館 県民ギャラリー
    三重県津市大谷町11(map)(チラシ PDF 348KB

三年に一度行われる母校の合同展「CUBE」に参加します。
今回で8回目となる「CUBE」は 1987年からはじまっています。村田は第5回目から出品しています。新作を展示します。
---

犬の安らぎと同じくらい、夏は返していく。遊びぢゃない。
次の帰省は8月。8回目で。

日曜日, 6月 19, 2011

since 1987 まだ君が好き

三重へ電車移動。津駅の前で kalas 最新号購入。今日は今夏に開催する 母校 久居高校の美術部 卒業生、在校生合同展「CUBE」の打ち合わせ。
チラシ、ポスターが完成したので 周囲への設置周りとメディアへ宣伝と仕事分担。そして郵送作業。かなり仕事量は多く、やり出せばきりがない。
展覧会を生業にしている者ばかりではなく、皆 二足の草鞋で取り組んでいる。その理由は「まだ君が好き」だからかもしれない。
なんて「大切な言葉はひとつまだ君が好き」(詞, 曲, 鈴木慶一/編曲, THE BEATNIKS/1987)を帰りに聴いていたからだけど。
あ、「CUBE」とこの曲は同じ since 1987 なのだ。

http://www.youtube.com/watch?v=JXTDI9ycWws

月曜日, 5月 16, 2011

コアな展覧会を三重で

三重県の母校、新しく出来ていたセブンイレブンでネットプリントと、スキャナーサービスを使った。Wimax も入りやすかったので会議室から通信。
大きな油絵を持ち帰る後輩ら。
今年の夏には、カレンダーができるそう。
コアな展覧会もあります。

日曜日, 8月 01, 2010

絵に憧れ続ける詩と、詩を待ちわびる絵。

また木炭デッサンを描く機会があり、誰も嫌がって描かない牛骨を前にした。
かたちをとるのが早いねと言われ、高校の美術部の先生、倉岡先生はそうだと思い出した。
先生のアカデミズムを真正面から受けてという話をしながら、そんな絵を毎日 描く精進をしてはいないと考える。
描くことが好きで、それでも「絵画」にはどこか億劫な気持ちになっていた。
以前、ライヴハウス「源」で 斉藤哲夫氏と宴席を共にさせて頂いたとき、「絵はすぐに伝わるから強いんだから、詩より絵だろう。お前はばかだなぁ。」と言われて、それは氏が歌を作ってきたなかで、絵が持つストレートな力が羨ましかったからではないかと推察する。歌にも歌詞という詩があり、それにメロディがあって伝わるが、詩にはそれが無い。詩のメロディは言葉に内包されていて、そこまで行くには時間を要する。氏の言葉からそう思った。そして先生もまた 絵は一目で分からなきゃだめだと連呼していた。一目で分かるものは美術で、文学や音楽、映画、そして詩には時系が存在する。現代美術はその混在だから定義できないと言えるだろうが、一目で分かることは強いことだ。かたちをとるスピードは自分の根幹にある。言葉にするスピードの前に、見る人としてあり、そこまで言っておきながら億劫になったたのは何故か自問する。アカデミズムの匂い? ただの反抗期?いや、億劫にすらなっていなくて、詩人になろうとした!
絵に憧れ続ける詩と、詩を待ちわびる絵。
その関係を。

折しも今日は、三重県では三年に一度行っている久居高校美術部の OB 現役生らで行う展覧会「CUBE」のミーテーィングをしているとメーリングリストが来る。もう前回から三年か?と驚いたら、実は来年に向けて早くあたっているとのこと。それくらいで始めるのはきっと正しい。メールを送る。石膏デッサンの写メはしない。アカデミズムはひとまず片付けておく。

日曜日, 9月 07, 2008

頑張れよ

三年後は 2011年、どうなっているかわかないけれど頑張りたいと話した。
それはそれで尊重されうるものだけれど。
やれることしかできない。
やれること以上に頑張ってくれているんだという現実の構造があった。
今日は数年ぶりにあの美術室にいる。
生きることはさわぎだとディランが歌っていて、それを描くことはもっと さわぎだ。キャンバスには「さわぎ」と三文字 置かれる。
少し離れて、黙った目になる。
絵を描くときは、ときどき離れて見なくてはいけないと学んだ。

三重県から名古屋に帰ろうとすると、なんと踏切事故が起こっていて、近鉄の上下線とも止まっている。帰ることができないので今夜は実家に帰る。車中で頑張 らんかいよと聞き、弟と wii やPS3 をして、頑張れよと偉そうにも言う。全て本音だ。言いたいときに言うしかない。ソファーベッドを倒て就寝。

日曜日, 8月 24, 2008

夕日は昇る

松阪駅から出ている、どこまで乗っても百円の市営巡回バスで CUBE展の会場へ向かった。
公開講評会の後で搬出作業へ移る。
講評会では、シンプルではない部分が意識されるのだ。
十年間同じ仕事を続けているならば信用できると頷く。
思いのある絵。そして言葉を。
それから懇親会の後にビールを飲んだ。終わり際には寂しいなァ〜を連呼していた。
夜遅くに家へ帰り、数時間だけ横になった。
久しぶりに歩いた通学路は真っ暗で、誰もいない。
「夕日は昇る」(詞,曲,友部正人/1993)を聴こう。

http://jp.youtube.com/watch?v=pJrctOqnAGY

火曜日, 8月 19, 2008

夏に覚えたこと

母校、三重県久居高校の美術部 卒業生、在校生らの合同展覧会「CUBE展」は三年毎に行われている。
「CUBE」とは、久居高校美術部を略して「久美」が「きゅうび」と読めることと、求める美と書いての「求美」でもあるし、キューブでもあると聞いた。確か。
その熱に感化されることの十二年間はいまの自分の根源的な記憶である。うまくこなせることも、まったくのどんくさいところもみな同じだ。こっぱずかしいとかの感情を超えて、覚えたことを数える。今日は朝から三重入りし、ギャラリーでの搬入展示作業だった。今回は「窓の前で」という絵を出品。終わってから少しだけ 先生、先輩らと喫茶店で談笑する。とても懐かしいようでいながら現在進行形中の覚えていくことがある。
今年の夏はあとちょっとだけ暑い。

http://jinmurata.blogspot.com/2008/07/cube.html