iOS で「パズル&ドラゴンズ」(ガンホー / 2012)なるゲームが出ていて、これが惹き付けてハマれるように良く出来ている。
音と色がテンポ良く、連鎖の快感をちゃんと持っているパズル要素に、ポケモン、ビックリマン、カードゲーム的な絵の魅力を持ったモンスターの合成進化、育成要素ありと、良いとこどりの、優等生ゲームだ。
そして「ガチャ課金」で問題になっているのと同じように見えるが、課金しなくても充分遊べるようになっている。
冒険に出るためにはスタミナを消費するのだが、これを回復させる方法が、レベルアップか、時間経過か、課金となっている。ここがうまい。
もちろん課金すればすぐに遊べるのだが、立ち止まって「待てば遊べるじゃん」と判断もできるのだ。遊べない時間を利用して回復するように調整する判断も、ゲームの戦略に組み込まれているようで面白い。
これが課金でしか回復できないつくりだと、すぐにやめてしまっただろう。
実際、iOS で遊べる 海外のRPG ものなどで、店で回復アイテムを買わないと進めないようになっていて、その時点でやめたゲームが幾つかある。
「パズル&ドラゴンズ」はその凡庸なタイトルとは違って、凡庸なアイディアで手詰まりにならない巧妙さを持っていると思う。
このごろは、駅から自転車置き場への通路に貼られているタイルが、パズルに見えてしまうときがある。頭のなかで連鎖が起こっているのだ。連鎖の数だけ攻撃が倍増していくというのも単純でいい。
http://www.gungho.jp/pad/
木曜日, 7月 05, 2012
月曜日, 4月 02, 2012
Google Maps 8bit for NES
昨日のエイプリルフールに合わせた「Google Maps 8bit for NES」が最高にイカス。「ドラクエ」の去来に皆とネット上で騒ぐ。
「お遊び」だとされるものも、本気で作り込めば、感動を引き起こすことになる素晴らしいお手本だ。
日本のカルチャーが侵略されているとかいう批判に溜め息。ドラクエは既に世界中で受け入れられてるっていうのに、なんなんだその鎖国マインドわっ!ジャンプ時代から味わっていなければドラクエと言えないとか、ユーザー、ファンの独占欲はしばし怖し。これではドラクエと言えない!まだまだッ!という強がりのほうが前向きで面白いぞ。いや、この作り込みに文句言えないというのが自分の本音。
小学生のときにグラフィックは 8bit の低レベルで良いから、データベースに容量の重きを置いて、世界の道路地図を落とし込んだカーゲームがあったら面白いなと妄想していたことがあった。この「Google Maps 8bit for NES」はまさしくそれに近い。ストリートビューがそれを思いださせた。
http://www.youtube.com/watch?v=rznYifPHxDg&feature=player_embedded
「お遊び」だとされるものも、本気で作り込めば、感動を引き起こすことになる素晴らしいお手本だ。
日本のカルチャーが侵略されているとかいう批判に溜め息。ドラクエは既に世界中で受け入れられてるっていうのに、なんなんだその鎖国マインドわっ!ジャンプ時代から味わっていなければドラクエと言えないとか、ユーザー、ファンの独占欲はしばし怖し。これではドラクエと言えない!まだまだッ!という強がりのほうが前向きで面白いぞ。いや、この作り込みに文句言えないというのが自分の本音。
小学生のときにグラフィックは 8bit の低レベルで良いから、データベースに容量の重きを置いて、世界の道路地図を落とし込んだカーゲームがあったら面白いなと妄想していたことがあった。この「Google Maps 8bit for NES」はまさしくそれに近い。ストリートビューがそれを思いださせた。
http://www.youtube.com/watch?v=rznYifPHxDg&feature=player_embedded
time
10:11
金曜日, 8月 19, 2011
気分だけケン
iPhone アプリ「カプコンアーケード」(CAPCOM/2010-)が 知らないうちにバージョンアップを重ねていて、どんどん新しい筐体が追加されていた。いまや「スーパーパズルファイターX」(1996)という微かに存在を知っているパロディ的なパズルゲームまで置いてある。
このごろ、電車の移動時にはこのパズルファイターをやっている。
キリの良い短い時間で遊ぶことができるのがちょうど良い。最初は偶然だった連鎖も作れるようになって、じょじょに巧くなってきたのが自分でも分かる。まぁ、そんなに威張って書くほど難しいゲームでもない。おそらく落ちものパズルのジャンルのなかではあまり巧妙に作られたほうではないだろう。カプコンのキャラで押しきって成立させている。キャラクターが対戦として出てくるだけで、パズルの内容的にはパロディになってはいない。キャラを変えて相手へ落ちる攻撃ジャムの色順などが変わったとしても、そんなに変化が実感できなくて、絵柄や声や動きだけで、もう気分でしかない。自分はストII 同様、ケンを使っている。
今日、とうとうハードモードでもクリアをすることができた。味気ないエンドロールを見ながら、ほのぼのしていた。過度に派手すぎない演出で、これくらいがちょうどいいと感じる。シンプル・イズ・ベスト。プレイ時間だけでなく、ほど良いボリューム。なんでもやりこみ前提じゃなくてもいいだろう。特に携帯で遊ぶものは気軽でないと。
http://www.youtube.com/watch?v=EBHXr-u6kvE
http://jinmurata.blogspot.com/2010/10/blog-post_3772.html
このごろ、電車の移動時にはこのパズルファイターをやっている。
キリの良い短い時間で遊ぶことができるのがちょうど良い。最初は偶然だった連鎖も作れるようになって、じょじょに巧くなってきたのが自分でも分かる。まぁ、そんなに威張って書くほど難しいゲームでもない。おそらく落ちものパズルのジャンルのなかではあまり巧妙に作られたほうではないだろう。カプコンのキャラで押しきって成立させている。キャラクターが対戦として出てくるだけで、パズルの内容的にはパロディになってはいない。キャラを変えて相手へ落ちる攻撃ジャムの色順などが変わったとしても、そんなに変化が実感できなくて、絵柄や声や動きだけで、もう気分でしかない。自分はストII 同様、ケンを使っている。
今日、とうとうハードモードでもクリアをすることができた。味気ないエンドロールを見ながら、ほのぼのしていた。過度に派手すぎない演出で、これくらいがちょうどいいと感じる。シンプル・イズ・ベスト。プレイ時間だけでなく、ほど良いボリューム。なんでもやりこみ前提じゃなくてもいいだろう。特に携帯で遊ぶものは気軽でないと。
http://www.youtube.com/watch?v=EBHXr-u6kvE
http://jinmurata.blogspot.com/2010/10/blog-post_3772.html
月曜日, 2月 07, 2011
とりとめなくドラクエのリメイクについてなどを
「ドラゴンクエストⅣ -導かれし者たち-」(1990-2007)の DS 版をクリアーした。Ⅴ を買えば友人の某画家より Ⅳ が借りれるという約束を交わしていて、今年はじめに Ⅴを買い、クリアーしたのち Ⅳを借りていた。どちらも DS へのリメイク版であり、同じ会社が同時期に制作したもののようでグラフィック等が流用されていた。シリーズものなので違和感は無く、システムも無難なアレンジで全体的に手早く遊べるつくりになっていた。
DS は Ⅸ を遊ぶ為に昨年に購入し、次に手を出したのは Ⅴ なので、完全にドラクエ専用機になっている。ゲームボーイが流行ったときに持っていなかった自分は「ゲームは家でするものだ」という据え置き機派の感覚が根強くあり、DS も傍観していただけだったが、ドラクエ派である自分が Ⅸ の為に導入していたのである。Ⅸ のときはほとんど家でやっていて、オマケ機能のすれちがい通信を試していたくらいだったが(某写真家とすれちがい通信だけの為に DS を持参し合ったりしたから、試したくらいと書く以上のやりこみだったかも?)、Ⅴ、Ⅳ は電車移動時を中心によく外で遊んでいた。
DS 版には道具のアイコン表示があって、それがレイアウト状 見にくいなと当初思っていたが、移動時に画面を横目にするときなどは判別がしやすく、納得がいった。そしてレベル上げ等の単調な作業も全て移動時に片手間にできてしまっていた。
DS、PSP らモバイルゲーム機がもたらすゲームそのものの変化、ゲーマーの心理変化は大きいだろう。
Ⅳ、Ⅴ は、もともと据え置き機で作られたものだから、腰を据えて何か取り組む感じが、DS ではもっと軽くなっている。ゲーム内で語られる物語も、もっと軽くなる。Ⅴ の奴隷はもっと惨たらしく感じられ、Ⅳ の運命はもっと壮大に思えた。
いま、いざファミコンで冒険をはじめると、勇者たちの歩く足が遅いことに驚く。
DS はそそくさと速い。
その前のリメイクであるPS から速くなっているのかもしれないが、DS で 雑用の為に電車と駅を駆け抜けながら、同時に速く洞窟を駆け抜けてもいくと、自分も勇者も目的をこなしていくことができ、痛快ではあるが、そう、重くは無い。
クリアー後は強さのインフレ状態で、オマケ要素が追加されている。自分はクリアすると一気に醒める質で、もういいやとなる。Ⅸ はそれが顕著だった。オマケが多いと売り込んでいただけにそれはつまらなさを増幅させた。Ⅴ もすぐ止めた。ただ、Ⅳ は第五章で終わるところが、第六章になって真の悪が明らかになるという腑に落ちるエピローグのオマケだったので、触手が動いて最後までやった。真の悪を倒してからのオマケもあるらしいと知ったけど、そこはやはり醒めた。
Ⅳ は 導かれし者たちが集まってくる構造。世界中に散らばった町と鍵とアイテムの関連性、伏線の貼り方が絶妙である。ファミコン当時はあまり理解できなかったことを思う。
鳥山明の、あの躍動感のあるパッケージイラストは最高の構図だった。DS のイラストは版権的な問題なのか Ⅳ も Ⅴ も他の人の絵で、しかも張り合せただけで一枚の絵として作られておらずあんまりだ。そこもアレンジなのだな。いやこれは明らかに劣化だろう。
http://www.square-enix.co.jp/dragonquest/4to6/index.html
http://bit.ly/fwA7zA
DS は Ⅸ を遊ぶ為に昨年に購入し、次に手を出したのは Ⅴ なので、完全にドラクエ専用機になっている。ゲームボーイが流行ったときに持っていなかった自分は「ゲームは家でするものだ」という据え置き機派の感覚が根強くあり、DS も傍観していただけだったが、ドラクエ派である自分が Ⅸ の為に導入していたのである。Ⅸ のときはほとんど家でやっていて、オマケ機能のすれちがい通信を試していたくらいだったが(某写真家とすれちがい通信だけの為に DS を持参し合ったりしたから、試したくらいと書く以上のやりこみだったかも?)、Ⅴ、Ⅳ は電車移動時を中心によく外で遊んでいた。
DS 版には道具のアイコン表示があって、それがレイアウト状 見にくいなと当初思っていたが、移動時に画面を横目にするときなどは判別がしやすく、納得がいった。そしてレベル上げ等の単調な作業も全て移動時に片手間にできてしまっていた。
DS、PSP らモバイルゲーム機がもたらすゲームそのものの変化、ゲーマーの心理変化は大きいだろう。
Ⅳ、Ⅴ は、もともと据え置き機で作られたものだから、腰を据えて何か取り組む感じが、DS ではもっと軽くなっている。ゲーム内で語られる物語も、もっと軽くなる。Ⅴ の奴隷はもっと惨たらしく感じられ、Ⅳ の運命はもっと壮大に思えた。
いま、いざファミコンで冒険をはじめると、勇者たちの歩く足が遅いことに驚く。
DS はそそくさと速い。
その前のリメイクであるPS から速くなっているのかもしれないが、DS で 雑用の為に電車と駅を駆け抜けながら、同時に速く洞窟を駆け抜けてもいくと、自分も勇者も目的をこなしていくことができ、痛快ではあるが、そう、重くは無い。
クリアー後は強さのインフレ状態で、オマケ要素が追加されている。自分はクリアすると一気に醒める質で、もういいやとなる。Ⅸ はそれが顕著だった。オマケが多いと売り込んでいただけにそれはつまらなさを増幅させた。Ⅴ もすぐ止めた。ただ、Ⅳ は第五章で終わるところが、第六章になって真の悪が明らかになるという腑に落ちるエピローグのオマケだったので、触手が動いて最後までやった。真の悪を倒してからのオマケもあるらしいと知ったけど、そこはやはり醒めた。
Ⅳ は 導かれし者たちが集まってくる構造。世界中に散らばった町と鍵とアイテムの関連性、伏線の貼り方が絶妙である。ファミコン当時はあまり理解できなかったことを思う。
鳥山明の、あの躍動感のあるパッケージイラストは最高の構図だった。DS のイラストは版権的な問題なのか Ⅳ も Ⅴ も他の人の絵で、しかも張り合せただけで一枚の絵として作られておらずあんまりだ。そこもアレンジなのだな。いやこれは明らかに劣化だろう。
http://www.square-enix.co.jp/dragonquest/4to6/index.html
http://bit.ly/fwA7zA
金曜日, 11月 12, 2010
アーケードを手に入れる
iPhone アプリ「カプコンアーケード」(CAPCOM/2010)が良い。
無料アプリで、この中で「ストリートファイターⅡ」(1987)「1942」(1984)「大魔界村」(1988)「戦場の狼」(1985)が遊べる。ただし、一日につき三回だけ遊べるのだ。三百円握ってゲーセンに遊びに行った小中学生の状態である。三回遊んだら 実際に一日が経過しないと遊べない。アプリ内課金として、チケットを買うか、ゲームタイトルを買えば遊ぶことができるという仕組み。これがなかなかうまくできている。実際のゲーセンではストⅡが入り口であったが、ここでは「大魔界村」が楽しい。350円でタイトルを買ってしまった。忙しいとか言っておきながら無料に引きつられてダウンロードして、アプリの中の課金で支払って遊んでしまうというオチ。
買わなきゃ良かったとまでは思わないけどね。
この、購入すれば遊び放題というのは、基盤を買ってしまうゲーセンマニヤの構造で面白い。
中学生の時に友人N氏の兄は基盤を買っていたと聞く。
基盤だけでは動かないから、台や画面も要るわけで、相当に気合いが入っていないと遊べない世界だ。いまのゲーセンのゲームは高いだろうから そんなマニヤはいないんじゃないかな。家庭用ゲーム機の移植度も高いし。いや、高いというかそのまま、もしくは向上していたりする。それでもアーケードと同じではない!と豪語して譲らずに大枚はたくのが真のマニヤか。
http://www.capcom.co.jp/iphone/c_arcade_jp/index.html
無料アプリで、この中で「ストリートファイターⅡ」(1987)「1942」(1984)「大魔界村」(1988)「戦場の狼」(1985)が遊べる。ただし、一日につき三回だけ遊べるのだ。三百円握ってゲーセンに遊びに行った小中学生の状態である。三回遊んだら 実際に一日が経過しないと遊べない。アプリ内課金として、チケットを買うか、ゲームタイトルを買えば遊ぶことができるという仕組み。これがなかなかうまくできている。実際のゲーセンではストⅡが入り口であったが、ここでは「大魔界村」が楽しい。350円でタイトルを買ってしまった。忙しいとか言っておきながら無料に引きつられてダウンロードして、アプリの中の課金で支払って遊んでしまうというオチ。
買わなきゃ良かったとまでは思わないけどね。
この、購入すれば遊び放題というのは、基盤を買ってしまうゲーセンマニヤの構造で面白い。
中学生の時に友人N氏の兄は基盤を買っていたと聞く。
基盤だけでは動かないから、台や画面も要るわけで、相当に気合いが入っていないと遊べない世界だ。いまのゲーセンのゲームは高いだろうから そんなマニヤはいないんじゃないかな。家庭用ゲーム機の移植度も高いし。いや、高いというかそのまま、もしくは向上していたりする。それでもアーケードと同じではない!と豪語して譲らずに大枚はたくのが真のマニヤか。
http://www.capcom.co.jp/iphone/c_arcade_jp/index.html
火曜日, 9月 21, 2010
スーパーストリートファイターⅣ 徳重大会
夜に山岡氏主催の「スーパーストリートファイターⅣ」徳重大会 於 ヤング。これまた十月に行う「ア"ーッ!ラジオ」の番組の為に録音する。理由をつけて遊ぶのだ。売り言葉に買い言葉で盛り上げての画面内喧嘩がトーナメント方式で開かれた。プロゲーマー梅原大吾氏の提案による「十本先取制」の勝負を採ったため、一マッチ自体の時間がかなり長くかかる。追い返しなどの心理戦が生じるのは面白いが、プレイする者は当然ながら観戦者も労力を要する。
自分は中学生時の「Ⅱ」以来、愛用のケンで三回戦まで進み、光氏のキャミィに敗北。
最終的にはシードで迎え撃った山岡氏 豪鬼の圧倒的な強さでチャンピヨンの座は守られた。
自分は iPhone のアプリを空き時間にプレイして「Ⅳ」の感覚を掴みかけてきたところ。いまだ「Ⅱ」の単発大技を主に戦う癖は抜けない。いやおそらく一生抜けない気がする。
もう画面を見るのは当分勘弁してほしいというくらい繰り返し見た。なんでもプロはたいへんだ。
木曜日, 9月 02, 2010
プライドの守り人
いかんせん猛暑が体力を奪っていく。発売の一年後にようやく購入した「ドラゴンクエストIX」 を仕事の合間にやっている。次第にドラクエの合間に仕事をするようになってくる。悩ましいが面白い。時間の無いときに買ってはいけない。今回は ニンテンドーDS なので電車移動の最中などでも出来るというのがドラクエ自ら取り入れた特徴で、そのせいか全体的にイージーなおもちゃ感が強まっている。どうも家の外でゲームをするという感覚に慣れないが、おつかいの極みである「クエスト」を達成したり、延々とレベルを上げようとするときなどは どこでも冒険できるのはいい。ドラクエをしに行ってるのか、出先の用事が目的なのか分からず一体化して混ざっていく様自体が今回の IX なのかもしれない。
IX では 言葉に懸けるプライドが崩壊しているのが あからさまで、世界は何でもよくなってきている。
何を守るのか、守る為に戦力をつけて強くなるのではなく、戦力を試すために何かを倒すようになる。堕天使と背中合わせの自分が 暴れていれば世界を守っていると賞賛されるのはこの小さな二画面の中と、目に見えないすれちがい通信の間だけだ。それは日本中だけでなく渦巻いていて、時間を奪うぶんだけ探求されたことになる。
ドラゴンという対象。改造コードを入れるなどというドーピングでは会えない、最期のプライドだ。
一年に渡って配信されたクエストの日々をくぐり抜けたとき、君が何を話してくれるかだけ。きっと昔の平仮名で。それだけがどんな鎧や剣よりも尊い。
http://www.dqix.jp/
IX では 言葉に懸けるプライドが崩壊しているのが あからさまで、世界は何でもよくなってきている。
何を守るのか、守る為に戦力をつけて強くなるのではなく、戦力を試すために何かを倒すようになる。堕天使と背中合わせの自分が 暴れていれば世界を守っていると賞賛されるのはこの小さな二画面の中と、目に見えないすれちがい通信の間だけだ。それは日本中だけでなく渦巻いていて、時間を奪うぶんだけ探求されたことになる。
ドラゴンという対象。改造コードを入れるなどというドーピングでは会えない、最期のプライドだ。
一年に渡って配信されたクエストの日々をくぐり抜けたとき、君が何を話してくれるかだけ。きっと昔の平仮名で。それだけがどんな鎧や剣よりも尊い。
http://www.dqix.jp/
木曜日, 4月 29, 2010
トロ火でも消えず
金曜日, 12月 11, 2009
codnw2
以前から やろうやろうと言っていたゲーム大会の日。先週までタイトで順延していたもの。名鉄犬山線を北上した山岡食堂の一室で「Call of Duty Modern Warfare 2」(X Box360/Infinity Ward/2009)をプレイ。二年ぶりくらいに X Box のコントローラーを握る丸腰だろうが構わずプレイ。蜂の巣となって駆け巡る。朝まで立ち回りをやり合っているのはおかしなものだが、やられると悔しくなってむやみに動き回ってしまう。なんて「男」なゲームなんだと連呼していると女性もゲーマーはいるという話になってしまうが、そうではなくこのゲームが持っている要素そのものが実に「男」の喜びそうな内容に満ちあふれているのだ。今夜の朝までコースには女性が一人もいない。ゲーマーにするべくここで朝までとか思う。いつもの愚痴を垂れるべくの酒瓶を傾けているくらいなら・・。面倒なのをやっつけるべく立ち回ったほうがいいと思う。僕自身のプレイは面倒な極地でチーム戦では足を引っ張り、個人戦では復活と同時にやられる有様。時々訪れるラッキープレイを少しでも増やそうと躍起になった。
http://modernwarfare2.infinityward.com/agegate.php
http://modernwarfare2.infinityward.com/agegate.php
日曜日, 10月 25, 2009
ピコピコ、ピコ
昼過ぎまでごろごろし、餃子を頂き、帰宅して雑務を進ませようとするも、「ピコピコゲーム」(やまガメ/2009)という iPhone/iPod Touch 用アプリをやり込んでしまった。
ゲームの中でだけは好調なアイテムばかり拾うことができる。いままで出来なかったエンディングを全て迎えることができた。
終えたときに睡魔に押さえつけられ、ゲームと夢の外へ戻ると、腹は減るわ。アイテムも資格も無いわで、うめく暇が惜しいと部屋を出たのだった。
すっかり暗くなってしまった道を抜けて、構想の部屋で紙を切っていると、電話が鳴り、明るい声で Macの購入相談を受ける。
階を動きながら出たのは、買い方のバリエーションの豊富さとは裏腹に、アウトプットの少なさよ。ピコピコからの出口はやり尽くすのみか。果てるまで取り戻すことはできないみたいだ。
ああ、そこは切り開かなければいけないでしょうとアイディアの人が言う。
http://yamagame.secret.jp/picopico.html
ゲームの中でだけは好調なアイテムばかり拾うことができる。いままで出来なかったエンディングを全て迎えることができた。
終えたときに睡魔に押さえつけられ、ゲームと夢の外へ戻ると、腹は減るわ。アイテムも資格も無いわで、うめく暇が惜しいと部屋を出たのだった。
すっかり暗くなってしまった道を抜けて、構想の部屋で紙を切っていると、電話が鳴り、明るい声で Macの購入相談を受ける。
階を動きながら出たのは、買い方のバリエーションの豊富さとは裏腹に、アウトプットの少なさよ。ピコピコからの出口はやり尽くすのみか。果てるまで取り戻すことはできないみたいだ。
ああ、そこは切り開かなければいけないでしょうとアイディアの人が言う。
http://yamagame.secret.jp/picopico.html
土曜日, 1月 31, 2009
野郎に支持されるゲームだろうなぁ
こたつを囲んで野郎のみの会合。そこは最新ゲームハードが勢揃いで、8ビット機エミュレーターも完備されていた。
はじめて「コールオブデューティー4 モダン・ウォーフェア」(アクティビジョン/Xbox360/2007)という銃撃戦ゲームを見て、四人対戦に参加した。美麗グラフィックというよりも臨場感が得られるよう執拗にまで作り込んであるのが特筆すべき点である。
かつての8ビット機ゲームは低スペックであるという制限が逆に表現の方法を鍛えることになっていた。画面には表示されていない世界が広がっている、と感じさせる表現を導き出していた。それに対しハイスペックの次世代機ゲームのこれは、表示できるものは全て表示させて描ききるという方法であり、緻密である。
近づいてくる足音、息づかい、銃を装填する間、風に舞う土埃に、建築構造を持ったマップ。
自分にはダイナミックに映り、「凄い」「凄い」を繰り返してしまった。
そこでの駆け引きは撃ち合うという生理的な興奮と裏腹に、理路整然とした戦略性が求められる。勢いで済まされないシリアスさがだいご味だ。
野郎に支持されるゲームだろうなぁと思う。まぁ、サバイバルゲームだしね。
エミュレーターで桃鉄をダラーッとやると少し落ち着く。
次には眠さとだるさに襲われた。
所感を語る前に「凄い」に終始し、こたつ寝をかましてしまった。
http://www.xbox.com/ja-JP/games/c/callofduty4modernwarfare
はじめて「コールオブデューティー4 モダン・ウォーフェア」(アクティビジョン/Xbox360/2007)という銃撃戦ゲームを見て、四人対戦に参加した。美麗グラフィックというよりも臨場感が得られるよう執拗にまで作り込んであるのが特筆すべき点である。
かつての8ビット機ゲームは低スペックであるという制限が逆に表現の方法を鍛えることになっていた。画面には表示されていない世界が広がっている、と感じさせる表現を導き出していた。それに対しハイスペックの次世代機ゲームのこれは、表示できるものは全て表示させて描ききるという方法であり、緻密である。
近づいてくる足音、息づかい、銃を装填する間、風に舞う土埃に、建築構造を持ったマップ。
自分にはダイナミックに映り、「凄い」「凄い」を繰り返してしまった。
そこでの駆け引きは撃ち合うという生理的な興奮と裏腹に、理路整然とした戦略性が求められる。勢いで済まされないシリアスさがだいご味だ。
野郎に支持されるゲームだろうなぁと思う。まぁ、サバイバルゲームだしね。
エミュレーターで桃鉄をダラーッとやると少し落ち着く。
次には眠さとだるさに襲われた。
所感を語る前に「凄い」に終始し、こたつ寝をかましてしまった。
http://www.xbox.com/ja-JP/games/c/callofduty4modernwarfare
木曜日, 1月 29, 2009
ジェネレーションは変えられないが、魂は引き継げる
「TVゲーム・ジェネレーションX ~8ビットの魂~」(モンド21/2007)の番組をYouTubeで視聴可能な回まで見て、project-F を知る。オタク素人が ロムカセットから、外箱、説明書までファミコンそのままに作り上げていくのに唸った。
自分自身、ファミコン20周年のあたりにオタクファミコン大会をやったときに、エミュレーター内で動くロムではなく、作品としてカセットを作りたいと話していたことがあったので「ぐう」の音も出ない。さっきの唸りは「むむぅ」と発音。完全に具現化されていた。すごい。DVD をしっかり見たい。
同タイミングに「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(著, ブルボン小林/太田出版/2004)を読了。
ノスタルジーに偏らないゲームへの批評精神、情熱と審美眼にグッとくる。
ゲーム内で語られる物語はもっと厳しく見られてもいいという点など、全般に渡って。
同収録の「ジャージの一人」(著, 長嶋有)はあっけらかんとした開放感のある引きこもり小説に思えた。
先日のダウンタウンex 購入から、身体の中にあるゲーム細胞が熱を持ってきているのを自覚している。むむぅ。
http://www.bonkoba.jp
http://projectfonline.com
http://jp.youtube.com/watch?v=HWKvWXsn-LY&feature=related
自分自身、ファミコン20周年のあたりにオタクファミコン大会をやったときに、エミュレーター内で動くロムではなく、作品としてカセットを作りたいと話していたことがあったので「ぐう」の音も出ない。さっきの唸りは「むむぅ」と発音。完全に具現化されていた。すごい。DVD をしっかり見たい。
同タイミングに「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(著, ブルボン小林/太田出版/2004)を読了。
ノスタルジーに偏らないゲームへの批評精神、情熱と審美眼にグッとくる。
ゲーム内で語られる物語はもっと厳しく見られてもいいという点など、全般に渡って。
同収録の「ジャージの一人」(著, 長嶋有)はあっけらかんとした開放感のある引きこもり小説に思えた。
先日のダウンタウンex 購入から、身体の中にあるゲーム細胞が熱を持ってきているのを自覚している。むむぅ。
http://www.bonkoba.jp
http://projectfonline.com
http://jp.youtube.com/watch?v=HWKvWXsn-LY&feature=related
月曜日, 1月 26, 2009
ダウンタウン熱血物語ex
「ダウンタウン熱血物語ex」(ミリオン/GBA/2004)を手に入れた。小学生のときに流行った「ダウンタウン熱血物語」(テクノスジャパン/FC/1989)のリメイク版。80年代の日本で、つっぱり不良高校生のくにおたちが喧嘩をしあうゲーム。このダウンタウン熱血シリーズはよく弟や友達と遊んだものである。
豪華絢爛の3DCGがド派手で滑らかに動くのではなく、ドット絵による二頭身キャラがこじんまりとちょこちょこコミカルに動く。そのちょこちょこのなかに、絵心やこだわりが感じられて、ずっと心を奪われていた。
道ばたに落ちているゴミ箱を投げつけたり、木箱をカタパルト台にして飛びかかったりと自由奔放にめちゃくちゃできるのが楽しい。このリメイク版では、その自由な要素を残しつつ、紳士的な戦い方をすれば敵が仲間になってくれるという やりこみポイントも設けてある。少し遊んだ感触では、暴れ回りたい衝動を押さえながら戦うのは歯痒いが、その見返りに仲間ができるというのは良いバランスに感じられた。操作感はそのままに技も豊富になっていて全体的に良い感じだ。
ただ、欲を言えば もっと追加要素が欲しいし、プレイヤーどうしの二人同時プレイも要る。
などと思っていたら、同時プレイの要素は2009年1月のいま現在ネットゲームで開発中らしいのと、当時のスタッフらが在籍しているゲーム会社「ミクロキッズ」でオフィシャルに続編が企画されているようだ。ネットゲームはキャラの意匠が異なっていたのでがっかりだが、「ミクロキッズ」は前述のこだわりを武器にしているのが強く感じられるので、期待大だ!
http://www.atlus.co.jp/cs/game/gbadvance/downtown
http://jp.youtube.com/watch?v=xJPAwgkG6rY&feature=related
豪華絢爛の3DCGがド派手で滑らかに動くのではなく、ドット絵による二頭身キャラがこじんまりとちょこちょこコミカルに動く。そのちょこちょこのなかに、絵心やこだわりが感じられて、ずっと心を奪われていた。
道ばたに落ちているゴミ箱を投げつけたり、木箱をカタパルト台にして飛びかかったりと自由奔放にめちゃくちゃできるのが楽しい。このリメイク版では、その自由な要素を残しつつ、紳士的な戦い方をすれば敵が仲間になってくれるという やりこみポイントも設けてある。少し遊んだ感触では、暴れ回りたい衝動を押さえながら戦うのは歯痒いが、その見返りに仲間ができるというのは良いバランスに感じられた。操作感はそのままに技も豊富になっていて全体的に良い感じだ。
ただ、欲を言えば もっと追加要素が欲しいし、プレイヤーどうしの二人同時プレイも要る。
などと思っていたら、同時プレイの要素は2009年1月のいま現在ネットゲームで開発中らしいのと、当時のスタッフらが在籍しているゲーム会社「ミクロキッズ」でオフィシャルに続編が企画されているようだ。ネットゲームはキャラの意匠が異なっていたのでがっかりだが、「ミクロキッズ」は前述のこだわりを武器にしているのが強く感じられるので、期待大だ!
http://www.atlus.co.jp/cs/game/gbadvance/downtown
http://jp.youtube.com/watch?v=xJPAwgkG6rY&feature=related
月曜日, 7月 28, 2008
宵越しのマリオ
黄色いマリオのカセットを突き刺して、点けて、スイッチを落とさずにカセットを引っこ抜いて、紫のテニスのカセットを刺して、リセットボタンを押して、音 楽が鳴り始める前にスタートを押して数歩歩いて、またスイッチを落とさずにカセットを引っこ抜いて、黄色いマリオを刺して、リセットを押して、Aボタンを 押しながらスタートを押すとA〜Wワールドとか読むことのできないワールドがはじまる。
ファミコン以来、何かのボタンを押さない日は無い。夜通しのファミコン大会で、いちばん難しいファミコンは何かとの問いに「トランスフォーマーの謎」(タ カラ/1986)と答えた。では、いちばん好きなファミコンは何かとの問いに、何だろうと思いめぐらしながらも答えられなかった。
http://jp.youtube.com/watch?v=uhwm1huibLI&feature=related
ファミコン以来、何かのボタンを押さない日は無い。夜通しのファミコン大会で、いちばん難しいファミコンは何かとの問いに「トランスフォーマーの謎」(タ カラ/1986)と答えた。では、いちばん好きなファミコンは何かとの問いに、何だろうと思いめぐらしながらも答えられなかった。
http://jp.youtube.com/watch?v=uhwm1huibLI&feature=related
木曜日, 7月 24, 2008
Cause We're street fighter!
友よ、百円玉を握りしめたか!?
ついに「ストリートファイター4」(CAPCOM/2008)が始動した。
あの中ガキ生時に俺たちを燃え上がらせたリュウやケンたちが帰ってきた。感慨深い思いになって、対戦台にも関わらず百円玉を突っ込む。初プレイは E本田。んで赤ケン。一矢報いたが、敗北してすぐに立ち去る。
時間を忘れて興じてしまえば、本当に殴られそうなのでいかんが。
http://www.capcom.co.jp/sf4
ついに「ストリートファイター4」(CAPCOM/2008)が始動した。
あの中ガキ生時に俺たちを燃え上がらせたリュウやケンたちが帰ってきた。感慨深い思いになって、対戦台にも関わらず百円玉を突っ込む。初プレイは E本田。んで赤ケン。一矢報いたが、敗北してすぐに立ち去る。
時間を忘れて興じてしまえば、本当に殴られそうなのでいかんが。
http://www.capcom.co.jp/sf4
木曜日, 4月 24, 2008
一人一人の中に宇宙がある
寝る前ファミコンを数ヶ月間経て「MOTHER」(監修, 糸井重里/1989)を最後までやり遂げた。
何度やっても感慨深いゲームである。
終えた後は「マザー百科」(小学館/1989)にて糸井重里が書いていることがよく頷けるように感じた。
「一人一人の中に宇宙がある」が糸井重里のテーマだと読む。
言葉とは超個人的なもので、その宇宙から 貫き表出させる光だと返答する。
http://www.youtube.com/watch?v=HTX8cjhY0wM
何度やっても感慨深いゲームである。
終えた後は「マザー百科」(小学館/1989)にて糸井重里が書いていることがよく頷けるように感じた。
「一人一人の中に宇宙がある」が糸井重里のテーマだと読む。
言葉とは超個人的なもので、その宇宙から 貫き表出させる光だと返答する。
http://www.youtube.com/watch?v=HTX8cjhY0wM
火曜日, 2月 05, 2008
カンガエテマース
近所のスーパーで総菜品の餃子が山積みにされていた。手前には日本製の原料を使用しているので安心ですと貼り紙。90円に値引きされていたのに吊られ購入。ちらし寿司のパックと夕食に。
近所のレンタルビデオ屋が一本 200円のセール日なので向かうと、来週は一本 100円セール実施と店内の至る所に貼り紙。空しくなって何も借りずに帰る。客に温かいんだか、冷たいんだか。
おそらくどちらも考えていないだろう。
かく言う自分も然り。
一度放置して眠らせよう。
後頭部掻きすぎて。
「SDガンダム ガチャポン戦士2 カプセル戦記」(バンダイ/1989)で中山氏と対戦、資金源を完全に封じられ完敗。基本が成ってなかった。
近所のレンタルビデオ屋が一本 200円のセール日なので向かうと、来週は一本 100円セール実施と店内の至る所に貼り紙。空しくなって何も借りずに帰る。客に温かいんだか、冷たいんだか。
おそらくどちらも考えていないだろう。
かく言う自分も然り。
一度放置して眠らせよう。
後頭部掻きすぎて。
「SDガンダム ガチャポン戦士2 カプセル戦記」(バンダイ/1989)で中山氏と対戦、資金源を完全に封じられ完敗。基本が成ってなかった。
金曜日, 6月 16, 2006
ユリイカ=分ったの意・任天堂/Nintendo 遊びの哲学
昨日購入した「ユリイカ」(特集 任天堂/Nintendo 遊びの哲学/青土社/1969-)を読む。
いまゲーム業界では、第三次次世代機戦争が始まらんとしている。
今年末に、「Wii」(任天堂/2006)と「プレイステーション3」(ソニー/2006)が出陣するのだ。
だが、既に人々はハイスペックだけを追い求めていく家電競争みたいなゲームに飽きて、いま一度「遊び」に戻ろうと気付き始めていたところである。それを先に体現しているのが「Nintendo DS」(任天堂/2004-)の大流行であった。
任天堂の持つ「遊び」を考察する内容。一般のゲーム雑誌よりも、しつこいほどに解体を続ける文章が並ぶ。
解釈しようと読むと、ほとんど同じ結論に行き着くような気がして、時間だけを浪費した気分になってしまった。
拙作「mario inframation of the middle ear.」(2002)のときから調べたり考えたりしているファミコン考察との類似点もあるが、触れられていないところもあった。横井軍平の逸話は、前に 調べたものとほぼ同一だった。おそらく文献などのソースが少ないのだろう。
横井軍平こそが任天堂の志を芽生えさせたという、目頭が熱くなる逸話がたくさん。
いまゲーム業界では、第三次次世代機戦争が始まらんとしている。
今年末に、「Wii」(任天堂/2006)と「プレイステーション3」(ソニー/2006)が出陣するのだ。
だが、既に人々はハイスペックだけを追い求めていく家電競争みたいなゲームに飽きて、いま一度「遊び」に戻ろうと気付き始めていたところである。それを先に体現しているのが「Nintendo DS」(任天堂/2004-)の大流行であった。
任天堂の持つ「遊び」を考察する内容。一般のゲーム雑誌よりも、しつこいほどに解体を続ける文章が並ぶ。
解釈しようと読むと、ほとんど同じ結論に行き着くような気がして、時間だけを浪費した気分になってしまった。
拙作「mario inframation of the middle ear.」(2002)のときから調べたり考えたりしているファミコン考察との類似点もあるが、触れられていないところもあった。横井軍平の逸話は、前に 調べたものとほぼ同一だった。おそらく文献などのソースが少ないのだろう。
横井軍平こそが任天堂の志を芽生えさせたという、目頭が熱くなる逸話がたくさん。
新幹線の中で暇つぶしに電卓をいじって遊んでいたサラ リーマンを見て、ゲームウオッチを思いついたとか、「十字キー」という直感的なインターフェースを生みだしたことなど、プロジェクトXにはならなかったの か。宮本茂といい、岩田社長といい、顔が見える会社となっている。良くも悪くも堅気な性格の会社である。
京都だからと考えると落ち着くのだけど、本当に馬鹿をやっても上品なのだ。
僕は完全に任天堂チルドレンで、いま風に称すれば「信者」だろう。中古ゲームの類いも任天堂を基本軸にして遊んでいる。ファミコンが与えてくれたものははかりしれず、また失わせたものもはかりしれないのだろうと思う。
上品で堅実で知的な遊び。
「Wii」は「We」を連想させ、それは「ファミリーコンピューター」という名前と同じことを言っている。トレンドに合わせて表層が変わっているだけだ。
特集対談の中で、ブルボン小林氏がゲーム機の名前から考察しているのが面白かった。
主格についてとか、興味深い視点。
戦争によってのみでしか、次世代に移項できないこの状況を「Wii」で打開してほしい。
遊んで、面白いならば、私達は笑顔でそれを支持する。そしていま、面白そうだと思っている。
ネットで検索していて「ユリイカ」は、分ったを意味する「Eureka」なのだとはじめて知った。
実は、京都の任天堂本社に行ったことがある。
会社のビルのかたちが、上から見たら「ゲームキューブ」(任天堂/2001)になっていた。
それからそれから、そのあたりから、ずっと頭の淵に「ファミコンプロジェクト」というのがあって、いつか本腰を入れなきゃと思っていて、この機体に向かい 合ってえぐり出さなきゃと考えている。一度作りかけた webページは放りっぱなしで残骸となっていて、いまやお洒落な安定イメージアイコンと化したマリオが居る。
「暫く、思い出話をしてもいいかい?」
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%C7%A4%C5%B7%C6%B2%A1%BF%A3%CE%A3%E9%A3%EE%A3%F4%A3%E5%A3%EE%A3%E4%A3%EF
http://www.geocities.co.jp/Playtown/4007/phy_plo.html
http://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2006/index.html
http://www1.odn.ne.jp/b.mayo/101/writing-fcproject.html
京都だからと考えると落ち着くのだけど、本当に馬鹿をやっても上品なのだ。
僕は完全に任天堂チルドレンで、いま風に称すれば「信者」だろう。中古ゲームの類いも任天堂を基本軸にして遊んでいる。ファミコンが与えてくれたものははかりしれず、また失わせたものもはかりしれないのだろうと思う。
上品で堅実で知的な遊び。
「Wii」は「We」を連想させ、それは「ファミリーコンピューター」という名前と同じことを言っている。トレンドに合わせて表層が変わっているだけだ。
特集対談の中で、ブルボン小林氏がゲーム機の名前から考察しているのが面白かった。
主格についてとか、興味深い視点。
戦争によってのみでしか、次世代に移項できないこの状況を「Wii」で打開してほしい。
遊んで、面白いならば、私達は笑顔でそれを支持する。そしていま、面白そうだと思っている。
ネットで検索していて「ユリイカ」は、分ったを意味する「Eureka」なのだとはじめて知った。
実は、京都の任天堂本社に行ったことがある。
会社のビルのかたちが、上から見たら「ゲームキューブ」(任天堂/2001)になっていた。
それからそれから、そのあたりから、ずっと頭の淵に「ファミコンプロジェクト」というのがあって、いつか本腰を入れなきゃと思っていて、この機体に向かい 合ってえぐり出さなきゃと考えている。一度作りかけた webページは放りっぱなしで残骸となっていて、いまやお洒落な安定イメージアイコンと化したマリオが居る。
「暫く、思い出話をしてもいいかい?」
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%C7%A4%C5%B7%C6%B2%A1%BF%A3%CE%A3%E9%A3%EE%A3%F4%A3%E5%A3%EE%A3%E4%A3%EF
http://www.geocities.co.jp/Playtown/4007/phy_plo.html
http://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2006/index.html
http://www1.odn.ne.jp/b.mayo/101/writing-fcproject.html
土曜日, 6月 10, 2006
ドラゴンボール話で自爆する
bnap06 プラン展の 2nd がこの土日に味噌蔵で開かれる。午前中に向かうと、昨晩会場に泊まり込んで作業をしていたという面子がふらふらしていた。頼まれていた展示見取り図をプリ ントアウトして持参し、小話をする。明日のお昼にトーク会があるので、そこで詳しくはするつもり。携帯電話に実家より大きくなってきた子犬の写メあり。ふ がふがしていて可愛くて良い。併せて「可愛良い」と呼ぶ。元気そうで良かった。猫の鬱の写メを絶え間なく送りたい所存。
バイト先ににて、スーパーファミコンカセット「ドラゴンボールZ超サイヤ人伝説」(バンダイ/1992)を借りる。同じくバイトをされている方で、前から ドラゴンボール話で盛り上がっていたのだ。非常に詳しく、劇場版も網羅されているらしい。僕はアニメなどの原作から外れたシリーズには、いつも苦笑いをし て楽しむ。ファミコンシリーズもまさしくそうだ。バンダイによるドラゴンボールのねじ曲げ方は苦笑いをさせる傑作が揃っている。なんともいえない穏やかな テンポとテイストには、原作へのこだわりと切り捨てが入り交じった編集が見られる。漫画原作に追いつかないように毎週長く引き延ばしてとにかくゆっくり進 むアニメと、カセット一本に入る容量では足りないから、修業のストーリーなどは端折って駆け足で進むファミコンシリーズ。殆ど言葉で進行してったりする。 どちらも漫画原作を別メディアに移植するときにおこる壁で苦しんだ結果だ。程度の落ちる勝手なサブストーリーが付け加えられたりしている。
子供たちはその退屈さに呆れながらも、ドラゴンボールが好きだから頑張って遊んでいるうちに親しみをもっていたのだろうなと思った。いまの奇麗に要領よく移植された3D格闘ものなんかには、逆に物足りなく感じたりするのだ。 バイト後に遊んでみると、このゲームはファミコンのと きにあったカードバトルRPG を、発展改良したシステムでドラゴンボールZのストーリーを追えることがすぐ理解できた。おおっ!さすがはスーパーファミコン!と身を乗り出す。その発展 改良とは、通常のマップ移動にもカードに書かれた数字を使用して双六のように進まなければいけなかったところを無くし、カードは戦闘だけに使うという変更 だ。当時、ファミコン版の双六みたいな仕様に苛立っていたものだった。バンダイの作り出すドラゴンボールには、常に子供騙しの姿勢が漂っていたから。スー パーファミコンに移行したくらいから、少し本格志向というか、おそらくゲーマーの中高生拡大と同時に、対象年齢も上に設定されたのだろう。この発展改良は 支持されたのではないか。
だが小一時間遊んだだけで、僕にはこの変更点を「発展改良」と呼ぶことができないかもしれないと思いはじめた。言わばコンセプトにおいて、移動を普通の RPGのように自由にしてしまったがために、カードを用いるゲームという一貫性が無くなり、戦闘のだけカードを使うというのが面倒になってくる。だった ら、戦闘も普通のコマンド制でいいじゃんと。でもそれはただの普通の RPGで、ドラゴンボールなだけだ。おそらく、そこまでバンダイも変更する気は無かった。当時同じくバンダイから発売していたドラゴンボールのカードダス と相乗効果で売り込む為にも、このカードは、ドラゴンボールのメディアミックス戦略において必要不可欠なシンボルだったと思われる。
なんとも我が儘なもので、わずらわしかった双六システムは、カードシステムへの愛着を子供にもたらしていたのだ。僕などは、このスーファミ版で、カードが 裏返ったり並べ送られたりするアニメーションが表示されない点に、妙なストレスを感じさえしてしまう。戦闘時に悟空らがみせる、みみっちいパンチやキッ ク、吹っ飛ばされたりするアニメーションのお遊戯めいたテンポには満足しているのだが。
この戦闘アニメーションは早送りできないものかと思うが、早送りできるとまた何かを失ってつまらなくなるのかも。
確かこのスーファミ版以降、カードシステムを使用した続編は出ていないはずだ。いま発売されている新作で使われているカードとはまた別仕様である。メディ アミックスの要素としては受け継がれていると言えるが、おそらくこの スーファミ版で、同時期に盛り上がってきた格闘アクションもの「武闘伝シリーズ」にメインストリームが移行していったのだろう。
ドラゴンボールの原作が終了したことにも関係していそうだ。
人気の要素がストーリーよりもキャラクターに移項してきているのかも。原作を知らないようないまの小学生なんかも、いまのゲームで遊んでいたりする。
僕は、Z戦士のなかで一番好きなチャオズで遊べるゲームが少ないので、この「超サイヤ伝説」は嬉しい。
ゲーム内で使える必殺技「サイコアタック」はあきらかにナッパに繰り出して何も効かなかった、あの自爆だ。
「チャオズーッ!」
「天さん・・!」
カッ!


http://comics-news.shueisha.co.jp/common/dragonball/index.html
バイト先ににて、スーパーファミコンカセット「ドラゴンボールZ超サイヤ人伝説」(バンダイ/1992)を借りる。同じくバイトをされている方で、前から ドラゴンボール話で盛り上がっていたのだ。非常に詳しく、劇場版も網羅されているらしい。僕はアニメなどの原作から外れたシリーズには、いつも苦笑いをし て楽しむ。ファミコンシリーズもまさしくそうだ。バンダイによるドラゴンボールのねじ曲げ方は苦笑いをさせる傑作が揃っている。なんともいえない穏やかな テンポとテイストには、原作へのこだわりと切り捨てが入り交じった編集が見られる。漫画原作に追いつかないように毎週長く引き延ばしてとにかくゆっくり進 むアニメと、カセット一本に入る容量では足りないから、修業のストーリーなどは端折って駆け足で進むファミコンシリーズ。殆ど言葉で進行してったりする。 どちらも漫画原作を別メディアに移植するときにおこる壁で苦しんだ結果だ。程度の落ちる勝手なサブストーリーが付け加えられたりしている。
子供たちはその退屈さに呆れながらも、ドラゴンボールが好きだから頑張って遊んでいるうちに親しみをもっていたのだろうなと思った。いまの奇麗に要領よく移植された3D格闘ものなんかには、逆に物足りなく感じたりするのだ。 バイト後に遊んでみると、このゲームはファミコンのと きにあったカードバトルRPG を、発展改良したシステムでドラゴンボールZのストーリーを追えることがすぐ理解できた。おおっ!さすがはスーパーファミコン!と身を乗り出す。その発展 改良とは、通常のマップ移動にもカードに書かれた数字を使用して双六のように進まなければいけなかったところを無くし、カードは戦闘だけに使うという変更 だ。当時、ファミコン版の双六みたいな仕様に苛立っていたものだった。バンダイの作り出すドラゴンボールには、常に子供騙しの姿勢が漂っていたから。スー パーファミコンに移行したくらいから、少し本格志向というか、おそらくゲーマーの中高生拡大と同時に、対象年齢も上に設定されたのだろう。この発展改良は 支持されたのではないか。
だが小一時間遊んだだけで、僕にはこの変更点を「発展改良」と呼ぶことができないかもしれないと思いはじめた。言わばコンセプトにおいて、移動を普通の RPGのように自由にしてしまったがために、カードを用いるゲームという一貫性が無くなり、戦闘のだけカードを使うというのが面倒になってくる。だった ら、戦闘も普通のコマンド制でいいじゃんと。でもそれはただの普通の RPGで、ドラゴンボールなだけだ。おそらく、そこまでバンダイも変更する気は無かった。当時同じくバンダイから発売していたドラゴンボールのカードダス と相乗効果で売り込む為にも、このカードは、ドラゴンボールのメディアミックス戦略において必要不可欠なシンボルだったと思われる。
なんとも我が儘なもので、わずらわしかった双六システムは、カードシステムへの愛着を子供にもたらしていたのだ。僕などは、このスーファミ版で、カードが 裏返ったり並べ送られたりするアニメーションが表示されない点に、妙なストレスを感じさえしてしまう。戦闘時に悟空らがみせる、みみっちいパンチやキッ ク、吹っ飛ばされたりするアニメーションのお遊戯めいたテンポには満足しているのだが。
この戦闘アニメーションは早送りできないものかと思うが、早送りできるとまた何かを失ってつまらなくなるのかも。
確かこのスーファミ版以降、カードシステムを使用した続編は出ていないはずだ。いま発売されている新作で使われているカードとはまた別仕様である。メディ アミックスの要素としては受け継がれていると言えるが、おそらくこの スーファミ版で、同時期に盛り上がってきた格闘アクションもの「武闘伝シリーズ」にメインストリームが移行していったのだろう。
ドラゴンボールの原作が終了したことにも関係していそうだ。
人気の要素がストーリーよりもキャラクターに移項してきているのかも。原作を知らないようないまの小学生なんかも、いまのゲームで遊んでいたりする。
僕は、Z戦士のなかで一番好きなチャオズで遊べるゲームが少ないので、この「超サイヤ伝説」は嬉しい。
ゲーム内で使える必殺技「サイコアタック」はあきらかにナッパに繰り出して何も効かなかった、あの自爆だ。
「チャオズーッ!」
「天さん・・!」
カッ!


http://comics-news.shueisha.co.jp/common/dragonball/index.html
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