日曜日, 1月 07, 2007

言葉をやってこさせる人

わからんもんは、わからない。
逃げる言葉は、逃げる姿をしている。
向かう言葉は、向かう姿を。

女の顔
その前に描いた言葉

男の顔
その前で笑う背筋

君と泣く
僕は消える
紙につくられた窓のなか
言葉がやってくる

はたして
どう
向かい合うの?

それが
てめえの、なんだよ。

土曜日, 1月 06, 2007

手紙よ、詩よ、雨よ、降れ

「おじいさんの思い出」(著,トルーマンカポーティ/訳,村上春樹/銅版画,山本容子/文藝春秋/1988)と共に。

手紙は詩を呼び、詩は手紙を呼ぶ。

業務用エレベーター、地下鉄一日乗車券、高速で去り、シーチキンのサンドイッチ、ギャルソン、ハワイ、スタバ、東京、無印良品、励まされ、雨が降ったり止んだり、仕事ができるはずというこの無根拠な自信を、語ろう。羨ましがらせられるか?
昇降音、メールの着信音、スカイプのログイン音、寝息、溜め息、傘がない、傘が売ってない、またあの住宅の残骸跡地につくられた駐車場。自転車で帰る。帰るんだ。iPod でまた爆音で。

金曜日, 1月 05, 2007

No Future Cool!再び

詩を書いて、それを包むための封筒を探していた。
またコメダで落ち合って、温かくなるのを待っていた。この詩はまだ終わっておらず、紙の尾っぽに「つづく」と書いたのだ。手をあげる数分前のひらめきだった。

別れる前に入った書店で、とびっきりの詩集を買った。
これはとびっきりだ。
とびっきりの気持ちになっていたし、もっともっとなりたい。

それから、雨が降り出してしまった中を走って、またお茶を飲んで転がって、新栄のクラブへ。「四葉のクローバー」というイベント。福岡氏がレコードを回していた。バンドとダンスと生ジャズに踊る。

「瀧口修造の詩的実験 1927〜1937」(思潮社/2003)
タクシーが左折をし過ぎて、雨にみんな流れていった。
アルコールは飲んでいたが、頭はすっきりしていた。
あの書店で立ち読みしたバロウズの文章は、しらふじゃあない匂いがした。
「No Future Cool!」再び。
はなむけを自ら。

木曜日, 1月 04, 2007

それだけに懸けられた

ドイツからメールが届いた。昨年ブレーメンで行った展覧会のカタログ見本。PDF データで。
すぐに正誤確認してほしいとある。僕の詩を撮影した写真が横向きにされていた。日本語は縦書きなのでとタイプし、感謝の言葉も添える。たいへんな作業量で あったことは想像できる。日本側での bnap05カタログと、今回の bnap06カタログ、この対比は面白いはずだとのメールも受ける。賛同して面白がる。アートドキュメントへの考え方の違いを見る。いや、学んだことの違 いだ。正しいとか間違っているとかではなくて、これを並べることに姿は生まれてくるなと、それだけに懸ける。福岡氏宅で事務的な確認と、夕食を頂く。親鳥 の柚胡椒揚げと白米に薩摩芋の味噌汁。美味しかった。

帰宅し、電話をする。さっきあったことから、生まれる前のことまで。今年の動き、明日の動き。僕の仕事は詩を書くことだけが残されていて、それだけに懸けられている。
自分の理由はどうでもいい。何が読まれているかである。
それをどう汲みとることができるかが、問われているのだ。

水曜日, 1月 03, 2007

渇望している

名古屋帰還。小松氏とドライヴ。
満たされた者は踊らないし、詩も書かない。
補完された部屋はどこかから冷えてきていた。
渇望している熱を探して、僕らは混み合う道をかいくぐる。量販店はごった返していて、それは旧年からの続きであった。話すお題から新年の温度が放たれていた。

「カイト」(いとうゆうこ/1998)を iPod に入れさせてもらった。発売していた当時によく聴いていたアルバムだ。彼女はもう歌っていない。歌う必要が無くなったのだろう。
僕らは、右と左に別れた車輪でドライヴしている。
こころとあたま、感覚と意味。
互いの距離は年齢を経るごとに離れていくのではないかと小松氏は言った。

僕はそれからココアを飲んだ。
車輪をつなぐものについてを考えた。
それは言葉だと思う。
補完して黙ることを言葉は求めていない。
言わなければいけないことを求めているだけだ。

http://www.aaaa.co.jp/item/00000168065.html

火曜日, 1月 02, 2007

湯たんぽの術

同郷の友人らとの年始会合を、地元のコメダ珈琲にて。
新しい顔は眠ったまま、イノセントの極地としてある。
覗き込む僕らは、小一時間ばかり確かめ合う。

サイテーの極地のなかで眠る、強みをこれから誇る術は?
猫のフウキチとモクとラムに挟まれて、焼き肉になって蓄える。
湯たんぽの術を学ぶ。

月曜日, 1月 01, 2007

imagine

温かい朝。
あけましておめでとう。
今年もよろしくお願いします。
元日の空は清い。
三重に向かう近鉄電車のなかで、昨晩の紅白で布施明が歌っていた「イマジン」(1971)についてを思っていた。
バックに流れるイラク戦争の紋切り型な惨劇映像のせいで流してしまう印象を受けたけど、歌の強さは何も損なわれない。
「イマジン」が素晴らしいのは、平和への願いとか根拠の無い祈りではなくて、世界は人が思い描くものによって変わっていくという「力」についてを歌っているところにある。
晴れの日、雨の日、あらゆる未来を想像することができるのは、人が未来をつくる根源的な力なのだなと、思った。
家では犬と猫とで、美空ひばりを聴いていた。
美空ひばりは目に涙を浮かべて歌っていた。