日曜日, 8月 10, 2014

大浦先生のこと

大浦先生、怖かった。中学校の同級生が津新町に親戚がいて、中学で大浦先生の教室に通っていた。四狂のY氏! 油絵が描けるんだと自慢されて、BSでやっていた ボブの絵画教室のビデオを見せられて、それ通りに絵を描こうと見たこともないヨーロッパの風景を描いて、扇型の筆をはじめて使って。津新町の画材屋アドックで筆を買った。川沿いに歩くと模型店があって、久画廊も、中学のときの美術部の女性部長とたこ焼きを食べたりして。 それから久居高校の美術部に入ってから、話に聞いていた教室に遊びに行って、子供らの靴が玄関にたくさん並んでいて、ラベンダーの香りがするオイルが花の絵に使われていて、F0号の愛でるサイズで。名芸に入ってから、僕が 詩の展覧会をしたときに、先生がちょうど大須のギャラリーで個展をされていて、こんなことをやっていますと自慢気にチラシを持って行ったら、シャンシャン飲み会になるだけの発表は何の意義も無いぞと叱られて。そこから、けしかけられた通りに、待っているだけでなくて、こちらから声にしろと、朗読をしはじめました。 高校のときの美術部の合宿のとき、夜の講評会にて、絵は一瞬で分かる瞬間芸術で、音楽や文章は時間を経て分かる時間軸の芸術なんだと話されていたのを覚えていて、ちょうど「詩」の表現をするなら、そのことを意識するべきだと叱られたのです。翌日、朗読をしはじめましたと、刷り足したチラシをまたギャラリーに持っていきました。絵画は音楽に憧れる。それを聞いていたのだと、いま思い出しています。