土曜日, 6月 25, 2011

考える広島

以前から生返事の約束をしていて実現していなかった広島~岡山への遠征を実行。
広島現代美術館にて 高峰格「遠くてよく見えない」を見に。単身移動する。広島は初めて行く。岡山もだ。中国地方にあまり縁が無かった。東北もそうだけど。
展覧会は同題名の図録を購入していたので 内容を知っていたのだが、関係なく新鮮だった。本とは別物であることは明らか。本では作品と作品の間に綴られていた作家の思考が、展示では鑑賞者に委ねられている。
「a big brow job」のインスタレーションを抜けての「baby insadong」という流れが、言葉の機能を疑った後の実践のように感じられ、展示の最後は壮大な問いかけであったように思う。
アーティストトークがあり、高峰さんにとって言葉とは美術表現のなかでどのようなものかという質問が飛んだ。素材のひとつであるという答えが腑に落ちる。言葉は意味から分離せず、その状態も併せ持ってやって来る。と続きを考えた。

岡山駅で夜九時に待ち合わせのため、長居できず トーク後に駆け足で原爆ドームへ移動。路面電車は便利だ。ドームの建物はちっぽけにあった。周囲のビルは大きく、日常を営んでいる。そのちっぽけ具合が如何にもそのまま残してあるという印象を受けた。川沿いでギターをかき鳴らしている大学のサークル連中みたいなのが居て、平和を訴えているかのように思えた。観光客の間を自転車で走り抜けて行く部活帰りの高校生たち。原爆資料館の立体地図の上に赤い球体が吊り下げられていた。外人らが iPhone4 でマネキンを撮影していて、ある者はハンカチを顔に付けていた。汗がとめどなく溢れる日中だ。村上春樹が先日のスピーチで取り上げた「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」がこの公園にはある。

岡山へはバスで移動。車中ではずっと iPad の戦国時代ゲーム「源平大戦絵巻」をやっていた。ちょうど岡山県にあたる「児島」を攻める。

山岡氏、中尾氏と無事に合流。山奥にある中尾氏のアトリエに泊めてもらう約束で、その前に温泉へ行きたいとゴネる。検索して、稲荷山健康センターというところを見つけ 閉館ギリで入ることができた。地元コンビニ ポプラでビールを買って彼のアトリエで飲む。

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