「シンポジウム・シズオカ的・ブレーメン的」を聴講しに、静岡市立美術館へ真坂氏と行く。ちょうど三月に企画されていた「静岡・ブレーメン国際交流プロジェクト DECWAS」の関連企画で行われる予定だったシンポジウムだ。震災があって、ドイツからアーティストらが来日することが難しくなり、展覧会自体の内容を変更せざるを得なかったもの。シンポジウムは中止になっていた。
そのときのことを振り返るだけでなく、これからのこと、都市とアートのことなど、語ろうとしていることは果てしなく広大に設定されていた。
ブレーメンより来ている竹岡先生と再会した。2004-5年の「ブレーメン・ナゴヤ アートプロジェクト site scenes」のとき以来。懇親会の席で近作の資料などを話す。
周囲で震災へ何かをしたいと考える日本人アーティストの話。究極のところ、外へ何かをしようとするきっかけは何だっていいのだから・・なんて、話す。賛辞も批判も動機自体には何も無い。この仕事を広大だと捉えるのは勝手だが、結局は目の前の道具を触らないと起動しない。
帰りの車中では仕事の話をしていた。
スマートフォン、いやデバイス二台が暗闇に灯っていた。