日曜日, 1月 06, 2008
あるリアリティのために(仮)
彼女のお父さんは犬が自然に口にする雑草についてを研究していた。壁が全て本棚になっているのが書斎と呼ばれるゆえんで、腰より下に位置するところにある 全集の一冊を押し込むと、それは深く動いて奥の部屋に移動できる仕組みになっていたのだ。こんなからくりのある家はそうないはずだと彼女は思った。これは 007 の中の構造であって、この現実空間はスクリーンではないと続けた。正月休み最後の日曜の今日は、お父さんがその奥の部屋に籠っている。そこでは労働ではな く、休暇というものが行われているはずである。近くの駅に並ぶ高校生たちは、冬休みに行われる弓道大会に出るため隣り町の知らない高校まで向かう。部活の 先輩が言うには、そこの射的場の設備はうちのより断然良いらしい。先輩はそこで何度も苦渋を飲んだらしい。苦渋とは汗だけではなく、血も混じっている。彼 女にはそれを信じる純粋さがまだ残っていた。隣町に向かう電車のなかで、先輩は中吊り広告に印刷されている浅尾美和の笑顔をずっと見上げていた。浅尾美和 は赤いビキニを着て爽やかに笑っていた。よくグラビアアイドルがする男を誘う計算高くいやらしい目とは違うなと対比してそれは先輩の目に映った。車両には 弓道部員の同級生二人と後輩が一人、見上げている先輩が一人。それと向こうの席に青いジャンパーを着た男の人が一人だけいた。もうすぐ隣町の駅に着く。彼 女のお父さんはその瞬間も奥の部屋にいた。ずっと、こんど家にやってくる犬の名前を考えていたのだ。部屋には手前の書斎と同じように壁は本棚になってい る。奥の部屋だからといって、猥褻な本があるわけではない。研究分野は同じで地続きの本が並ぶ。こんど家にやってくる犬もメスだ。お父さんの携帯電話が 鳴った。娘からのメールである。高校に入ったら何部に入ろうかと迷っているらしい。文末には困った風にあんぐり口を開ける猫の絵文字が動いている。お父さ んは手前の書斎に戻って、そこでラップトップから携帯電話のメールアドレスに返事を打ち始めた。無線が奥の部屋には届かないのだ。