答えにするのは大人じゃない。
答えを見据えたままで 息を潜めている大人。
愛は何かと語りあい続けている。
自己愛より打ち寄せて、そしてこれからも。
「あの娘が好きだから」(詞, 曲, 早川義夫/2005)を唄いながら帰ろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=_0b3QZ1GkU0&feature=related
水曜日, 9月 30, 2009
火曜日, 9月 29, 2009
公園から遠く離れて
九月は焦るばかり
夏は取り戻せず
冬ほど貯えるほどでもなく
窓を開けて部屋に風を吹き込ませながら
秋にすり寄るようにする
ラジオのダイアルをひねれば、君や猫の声がするのを
待ちわびていよう
パソコンより離れるためにパソコンを点ける
戦車に乗りたい
戦車を空き地へやりたい
そこは駐車場で
セイタカワダチソウが高くそびえている
夏は取り戻せず
冬ほど貯えるほどでもなく
窓を開けて部屋に風を吹き込ませながら
秋にすり寄るようにする
ラジオのダイアルをひねれば、君や猫の声がするのを
待ちわびていよう
パソコンより離れるためにパソコンを点ける
戦車に乗りたい
戦車を空き地へやりたい
そこは駐車場で
セイタカワダチソウが高くそびえている
月曜日, 9月 28, 2009
いろんな再学習
朝早くに車を出して頂き、「輪ニメーション」のワークショップを図工室にて。これから十二月に向けて怒濤の編集ラッシュがある。
お酒に酔って、財布を置いたまま店を出て行ってしまった浮浪者は無銭飲食だと叩かれたらしいが、いやそれは財布ごと支払って行ったんだよとなだめる。やがて浮浪者は一時定着し、代金分以外は引き取りに来て謝ったと聞く。
夕刻に名古屋市内で映像編集の書き出し作業にあたる。解像度の設定項目についてを再学習。腹八分目についても学び直し、どれだけ大きな画面でも奇麗に見えたらいいのにと思う。光学ズーム、レンズは偉大だ。偉大なのは優しさで、仕事はそうやって支えられた。帰りに高架下を通ったらサカナクションのチケットを手売りしているツナギの連中がわんさかいた。
お酒に酔って、財布を置いたまま店を出て行ってしまった浮浪者は無銭飲食だと叩かれたらしいが、いやそれは財布ごと支払って行ったんだよとなだめる。やがて浮浪者は一時定着し、代金分以外は引き取りに来て謝ったと聞く。
夕刻に名古屋市内で映像編集の書き出し作業にあたる。解像度の設定項目についてを再学習。腹八分目についても学び直し、どれだけ大きな画面でも奇麗に見えたらいいのにと思う。光学ズーム、レンズは偉大だ。偉大なのは優しさで、仕事はそうやって支えられた。帰りに高架下を通ったらサカナクションのチケットを手売りしているツナギの連中がわんさかいた。
日曜日, 9月 27, 2009
男たちの口
誰も買い出しに行かないので、茶っ葉はあるけど濾すのがなくて飲めない。日本酒だけはとびきりのを飲みたいんだと折れずに言葉を買いに行く男がいた。
「つ・き・あ・い・た・い」(詞,曲, 忌野清志郎/1982)が流れるなか、雑魚寝風になっている。まだ八時とかそんな時間にすら、手を打つために言葉を押し車にする男がいた。
煙草を吸う前に、放り出した両足を踏み越えていくスカートの両足を追っていた。
台所で開けるために軽く成形されたビールの缶と、たいした賜物だと捧げるために大きくなる瓶ビール。
瓶を選びながら、ブログやメールが無くても暗がりに言葉は棲んでいたはずだと男は言っていた。
今夜は、できるだけ彼女たちと笑って、朝は早く起きたいと口を揃える。
http://www.youtube.com/watch?v=5ImwE0pGcz8
「つ・き・あ・い・た・い」(詞,曲, 忌野清志郎/1982)が流れるなか、雑魚寝風になっている。まだ八時とかそんな時間にすら、手を打つために言葉を押し車にする男がいた。
煙草を吸う前に、放り出した両足を踏み越えていくスカートの両足を追っていた。
台所で開けるために軽く成形されたビールの缶と、たいした賜物だと捧げるために大きくなる瓶ビール。
瓶を選びながら、ブログやメールが無くても暗がりに言葉は棲んでいたはずだと男は言っていた。
今夜は、できるだけ彼女たちと笑って、朝は早く起きたいと口を揃える。
http://www.youtube.com/watch?v=5ImwE0pGcz8
土曜日, 9月 26, 2009
土産もので落ち着く
彦根城まんじゅうとバウムクーヘンをお土産に頂いているとき、そういえば 堂島ロールというのが美味しかったという話をしていた。連休を泳がせていた癖も徐々に収まってくる。自転車はパンクとフレームの変形で、買ったほうが安くつくと言われてから騙し続けて乗っているけど、腰はどこかで痛いと言うやも。職場の人にもらったと 堂島ロールの四分の一を頂く。甘さに悶絶しながら畳の上で 来月のア"ーッ!ラジオのための諸作業。
金曜日, 9月 25, 2009
青空を投げる
体育館に絵を並べている図がそもそも独特の不可思議なシチュエーション。
夕方になって慌ただしく壁にかけまくっているのも異様で、選んだ色味だけが かろうじて呼吸を合わせている。いつもの不協和音の調子じゃないとこが新鮮だった。
自分でそんな反芻をして秋冬の労働に向けての励みビールごちそうになる。ぎりぎりの点についてを繰り返す。歩いて帰る途中で福岡食堂へ青空を投げる。空気が変わったぶんの距離を測るのは翌朝までのこと。
夕方になって慌ただしく壁にかけまくっているのも異様で、選んだ色味だけが かろうじて呼吸を合わせている。いつもの不協和音の調子じゃないとこが新鮮だった。
自分でそんな反芻をして秋冬の労働に向けての励みビールごちそうになる。ぎりぎりの点についてを繰り返す。歩いて帰る途中で福岡食堂へ青空を投げる。空気が変わったぶんの距離を測るのは翌朝までのこと。
木曜日, 9月 24, 2009
夏のぶり返しに
葛藤を追い返すのは、言葉の実感だから、この夏は俺にとって大きかった。と、男は自分よりもっとネガティヴな男に言う。男には、マイナスどうしならプラスになるというくさいことを言った。車を前にして、どの荷物もうまく積み込めない朝。これはパズルで、彼女はお酒を飲みたがっている。祝うタイミングを失った。悲しむ拍子も。でもまだ、きっと呼べば帰ってくる。声の前には、書くことで、文字の前には、口にすることで。私たちは見渡す朝に呼ぶ。次のピースはちょっと厄介な形状をしているだけ。隣りの猫を描いたシャツを着て、男は夏の前より元気だねと言われた。ブルーレイに初めて触れたからじゃない。まぁそんなもんでしょと言われたい。
水曜日, 9月 23, 2009
早く大人になりたいと聞く
皆、朝になるまで語り明かしていた。僕はうつらうつら聞いていただけだったけれど。
車で泰から近所まで送ってもらってから、少しお茶をしたときに目が覚めた。
自分は早く大人になりたいと聞いた。
言葉に追いつけない自分はいないはずだった。
それを言っている時点で、常に覚悟だと思う癖が、僕にはある。
それから昨夜の分を眠るとき、高速道路と飛行場には連休を遠くで謳歌した大人たちがごったがえしていた。子どもたちは、拡張現実の機能を持ったカメラアプリが iPhone についに出たという騒ぎをしていた。大人になるほど人生は楽しくなるものだよと、キヨシローも言っていて、それに勇気づけられたという話は良いなと思った。同じく僕も楽しいんでしょうと言われる。金さえあれば、今すぐ泰にでも行くさ。大人は何だってできるんだからねと返す。この店でしかダウンロードできないからと、DS をかざす子どもたち。カビ臭い布団を画室に敷いて寝た。大人になっても車が運転できなくて、散乱したホイールを踏んでしまって、レンタカーの修理費に怯える夢を見た。寝オチかよと批判される夢も。
起きたときには夜で、社長の早退を告げるとメール打つ。中学生の英語と、大人の詩。届いたMD から「私たちの子ども」の録音を聴いた。詩と音楽は一生かかるだろうと聞く。
車で泰から近所まで送ってもらってから、少しお茶をしたときに目が覚めた。
自分は早く大人になりたいと聞いた。
言葉に追いつけない自分はいないはずだった。
それを言っている時点で、常に覚悟だと思う癖が、僕にはある。
それから昨夜の分を眠るとき、高速道路と飛行場には連休を遠くで謳歌した大人たちがごったがえしていた。子どもたちは、拡張現実の機能を持ったカメラアプリが iPhone についに出たという騒ぎをしていた。大人になるほど人生は楽しくなるものだよと、キヨシローも言っていて、それに勇気づけられたという話は良いなと思った。同じく僕も楽しいんでしょうと言われる。金さえあれば、今すぐ泰にでも行くさ。大人は何だってできるんだからねと返す。この店でしかダウンロードできないからと、DS をかざす子どもたち。カビ臭い布団を画室に敷いて寝た。大人になっても車が運転できなくて、散乱したホイールを踏んでしまって、レンタカーの修理費に怯える夢を見た。寝オチかよと批判される夢も。
起きたときには夜で、社長の早退を告げるとメール打つ。中学生の英語と、大人の詩。届いたMD から「私たちの子ども」の録音を聴いた。詩と音楽は一生かかるだろうと聞く。
火曜日, 9月 22, 2009
犬 in 泰 ロードムービー
今夏タイランドにて展覧会&旅行に行って来た先生方による思い出共有飲み会に大勢で押し掛けた。緑と赤のカレーが餅米で美味しい。全力で猛突進する犬は、微笑みかけられるまで無心に前を見ている。
二年前にも強行されたバンコクからの往来旅の映像。まさにロードムービーも見た。画面のなかに出てくる誰もが若く見えた。微笑みの国だから若くなるのを差し引いてもまだ若い。ハイビジョンだと皺もよく見える分、表情の僅かな違いも見えるのか。崖の上から見る向こうの国の緑は雄大だった。思いを馳せる間を経て、私たちはこの国でこうして啼く。
http://fofa.swu.ac.th/FAIC/
二年前にも強行されたバンコクからの往来旅の映像。まさにロードムービーも見た。画面のなかに出てくる誰もが若く見えた。微笑みの国だから若くなるのを差し引いてもまだ若い。ハイビジョンだと皺もよく見える分、表情の僅かな違いも見えるのか。崖の上から見る向こうの国の緑は雄大だった。思いを馳せる間を経て、私たちはこの国でこうして啼く。
http://fofa.swu.ac.th/FAIC/
月曜日, 9月 21, 2009
夜に Sunny
郊外のボックス式盛り場でカラオケ。00年代にも十代を息吹かせる享楽のコロニー。
ここは暗くならない。どれだけシリアスに抱えていても。
思いもよらずに再会し、思い渡らせる間もなく酔う。
最後は「Sunny」(詞,曲, Bobby Habb/1966)が高らかに歌い上げられた。
http://www.youtube.com/watch?v=IbUl_E-R91Q&feature=PlayList&p=92470D0536B7019A&playnext=1&playnext_from=PL&index=63
ここは暗くならない。どれだけシリアスに抱えていても。
思いもよらずに再会し、思い渡らせる間もなく酔う。
最後は「Sunny」(詞,曲, Bobby Habb/1966)が高らかに歌い上げられた。
http://www.youtube.com/watch?v=IbUl_E-R91Q&feature=PlayList&p=92470D0536B7019A&playnext=1&playnext_from=PL&index=63
日曜日, 9月 20, 2009
When if you can write a text about your problem, it's clear.
開店前の食堂が 今夜限りはたこ焼きで営業をするというので、夜に伺う。限定だからと店名が変わっていた。先日の九州での物見遊山や、夏の外人バーについてを話す。
それでも愛は何処にあるんだよと言われているうちに、皮肉に疲れたり、正直なもがき口に同情したり。僕が好きな言葉は「問題はこうだと文に書くことができた時点で、答えは明らかだ」だと、英語で言おうと頑張った。また早口だと叱られたが。
それでも愛は何処にあるんだよと言われているうちに、皮肉に疲れたり、正直なもがき口に同情したり。僕が好きな言葉は「問題はこうだと文に書くことができた時点で、答えは明らかだ」だと、英語で言おうと頑張った。また早口だと叱られたが。
土曜日, 9月 19, 2009
目的語を後にする
三十にして、中学生のためのペーパーテストを受けた。英語の文法を順序立てて勉強すれば、もっと良くなるでしょうと微笑みかけられる。先生は自分より少し上か。大人たちは嘆くことをやめて、教室を設け、なんとかいい学校へ入れようと回していたのだった。寝たきりのような若者だけが文句を言う場所を覚えていて、ダムなんて要らないと言っていられる。私たちの言葉が行き交う場所はどこにあるのだろう。構想領域を掃除しながら考えた。windows のセットアップは後日にする。折り合いを付けるのに必死なポートフォリオを間に合わせで作るのはどうかと話し、ペーパーテストの採点結果を知ることはできない。回転と文句の狭間に足がはさまってしまってもがいているのか。これは運動なのだと言う。目的語を後にする。
金曜日, 9月 18, 2009
鳥と木こりは私たちの会話沿いに座っていたけれど
起き抜けに体育館へ呼び出され、作品の写真撮影を手伝う。いつも思ってしまうことだが、大きな絵で、キャンバスが数枚に分かれている場合、その区切りに線が出てしまうのがどうも気になる。それをも活かすような絵があるだろう。自分が紙を張り合わせて詩を書くときもそうだ。観念的に紙はあるのではなく、実体としてある。
夕食と共に、Cafe&Diner shupnc shupnc にて、川口淳子さんと谷村朝美さんの展覧会「The river of the valley in the west end of this country.」を見る。
タコライスは多めで、お腹いっぱいになった。
鳥と木こりは私たちの会話沿いに座っていたけれど、聞かれてもかまわないと話した。
葡萄を頂いて帰る。
http://www.wa.commufa.jp/~pan/
夕食と共に、Cafe&Diner shupnc shupnc にて、川口淳子さんと谷村朝美さんの展覧会「The river of the valley in the west end of this country.」を見る。
タコライスは多めで、お腹いっぱいになった。
鳥と木こりは私たちの会話沿いに座っていたけれど、聞かれてもかまわないと話した。
葡萄を頂いて帰る。
http://www.wa.commufa.jp/~pan/
木曜日, 9月 17, 2009
何が起こるんだろう
「しんぼる」(監督, 松本人志/2009)をミッドランドシネマで見た。初めて行ったけど、ゴジャースな金持ち感ムンムンの映画館だ。そんなところで パジャマが一張羅の男の映画を見るというのが可笑しい。
まさしくシンボルの連続。真っ白のギャラリーに並ぶ記号は一つずつで、みんな関係しあってる。結び付けるのは人。明らか過ぎるくらいの語り方は、アイディアありき過ぎて 少し淡白な気もしてしまったけれど、何が起こるのかという興味は惹かれる。精神鑑定のような物語だけれど、実はすごく希望を見ていると思った。生真面目で楽しい監督だなと。
http://symbol-movie.jp/
まさしくシンボルの連続。真っ白のギャラリーに並ぶ記号は一つずつで、みんな関係しあってる。結び付けるのは人。明らか過ぎるくらいの語り方は、アイディアありき過ぎて 少し淡白な気もしてしまったけれど、何が起こるのかという興味は惹かれる。精神鑑定のような物語だけれど、実はすごく希望を見ていると思った。生真面目で楽しい監督だなと。
http://symbol-movie.jp/
水曜日, 9月 16, 2009
骨太の人が聴く
名古屋市内を歩き回る用事のリレー。
地下鉄のユリカをすぐ無くしてしまう癖に大損をこいている。
上前津のレコード屋、サウンドベイにてムーンライダーズの新譜「Tokyo7」(2009)を購入。
そのまま歩いて、金山で帰りの待ち合わせ。
夜遅くにヘッドフォンで新譜を聴く。小さい音だとよく分からず、転調部分とか細部が面白いんだろうなと思う。探りにこれからのヘビーローテ。財布が軽くても動じない、骨太の人が聴く。
http://www.moonriders.net/tokyo7/
地下鉄のユリカをすぐ無くしてしまう癖に大損をこいている。
上前津のレコード屋、サウンドベイにてムーンライダーズの新譜「Tokyo7」(2009)を購入。
そのまま歩いて、金山で帰りの待ち合わせ。
夜遅くにヘッドフォンで新譜を聴く。小さい音だとよく分からず、転調部分とか細部が面白いんだろうなと思う。探りにこれからのヘビーローテ。財布が軽くても動じない、骨太の人が聴く。
http://www.moonriders.net/tokyo7/

火曜日, 9月 15, 2009
映画における詩人
映画のなかで「詩人」はどう描かれているか。超越的で分かりにくい場合も多い気がするが、その映画のキーになってくるのではないかと思う。「ワンダーラスト(原題, Filth & Wisdom)」(監督, マドンナ/ユージンハッツ、ホリー・ウエストン、ヴィッキー・マクルーア/2008)にも詩人が出てきた。
邦題の「ワンダーラスト」は、主人公のユージンハッツが憧れる劇中詩人が書いた詩から歌にする題で、「ワンダーラストキング」。更に「欲望の王」という訳が付く。
この歌自体はユージンハッツが実際にジプシーバンドの「ゴーゴル・ボルデーロ」にて歌っている歌だ。そのまま映画のなかでもライヴをするという構造で、監督マドンナの、ミュージシャンらしい発想だと思う。映画自体もミュージシャンライクな発想だ。
カメラの引きが少なく、全体的にバストアップで寄りの画が多い。状況や風景をじっくり見たり、見渡す視線は少ない。
通りのシーンを撮っても、目線は常に人物へ向けられているので、常にその者との距離が近い。総じればこれは、顔の表情を重視しているつくりで、MTV風だと言える。歌手の顔がどのようなものであるか。鑑賞者を見据えて歌う(威嚇、挑発、同情・・)。演者のパフォーマンスだけで描こうとするものなのだ。歌手を画面のなかで演者にしこんだのが MTV だとするなら、俳優らを表情だけで語らせるように歌わせるのはマドンナの映画だろう。どちらも同じ感覚から来ている。
話が少しそれた。劇中詩人の描く「ワンダーラスト」は、大きな役割ではある。その訳のとおり、映画に出てくる彼、彼女らは皆 自身の欲望を裏切ることができない。それ故に葛藤する。最終的なその昇華点が「ワンダーラストキング」だと歌い上げるところにあるのだ。
しかし原題の「Filth & Wisdom」は訳すると「汚物と知恵」であり、言わば「聖と俗」である。この題名を付ける監督の視線は、映画自体が群衆劇であるということを示している。「ワンダーラスト」が題では、完全にユージンハッツが主人公の視線だけになってしまう。実際に群衆劇のなかの主人公として描かれているから重なってしまうのだが、この映画で重要な流れは埃を被っていて誰にも知られていなかった詩が歌になって皆に聴かされるというところであり、「欲望の王」として君臨することではないだろう。群衆劇だとする視線は見渡している視線だから、これは実はかなり重要である。題を付ける監督の目は引きのカメラワークをしていたのだ。
映画における詩人とは、題名を付ける監督にある。
映像の要素をどう結びつけて呼ぶのか。超越的でなくても、みんなそこにある。
http://www.youtube.com/watch?v=H9nx6YW3qAI&translated=1
邦題の「ワンダーラスト」は、主人公のユージンハッツが憧れる劇中詩人が書いた詩から歌にする題で、「ワンダーラストキング」。更に「欲望の王」という訳が付く。
この歌自体はユージンハッツが実際にジプシーバンドの「ゴーゴル・ボルデーロ」にて歌っている歌だ。そのまま映画のなかでもライヴをするという構造で、監督マドンナの、ミュージシャンらしい発想だと思う。映画自体もミュージシャンライクな発想だ。
カメラの引きが少なく、全体的にバストアップで寄りの画が多い。状況や風景をじっくり見たり、見渡す視線は少ない。
通りのシーンを撮っても、目線は常に人物へ向けられているので、常にその者との距離が近い。総じればこれは、顔の表情を重視しているつくりで、MTV風だと言える。歌手の顔がどのようなものであるか。鑑賞者を見据えて歌う(威嚇、挑発、同情・・)。演者のパフォーマンスだけで描こうとするものなのだ。歌手を画面のなかで演者にしこんだのが MTV だとするなら、俳優らを表情だけで語らせるように歌わせるのはマドンナの映画だろう。どちらも同じ感覚から来ている。
話が少しそれた。劇中詩人の描く「ワンダーラスト」は、大きな役割ではある。その訳のとおり、映画に出てくる彼、彼女らは皆 自身の欲望を裏切ることができない。それ故に葛藤する。最終的なその昇華点が「ワンダーラストキング」だと歌い上げるところにあるのだ。
しかし原題の「Filth & Wisdom」は訳すると「汚物と知恵」であり、言わば「聖と俗」である。この題名を付ける監督の視線は、映画自体が群衆劇であるということを示している。「ワンダーラスト」が題では、完全にユージンハッツが主人公の視線だけになってしまう。実際に群衆劇のなかの主人公として描かれているから重なってしまうのだが、この映画で重要な流れは埃を被っていて誰にも知られていなかった詩が歌になって皆に聴かされるというところであり、「欲望の王」として君臨することではないだろう。群衆劇だとする視線は見渡している視線だから、これは実はかなり重要である。題を付ける監督の目は引きのカメラワークをしていたのだ。
映画における詩人とは、題名を付ける監督にある。
映像の要素をどう結びつけて呼ぶのか。超越的でなくても、みんなそこにある。
http://www.youtube.com/watch?v=H9nx6YW3qAI&translated=1
月曜日, 9月 14, 2009
大人になっても髪立ててると見えるもんもある
扱う容量が上がっているから、パソコンの使用感覚は変わっていないと思っていたけど、いざ五年前の Mac を触ってみると もったり感は否めない。目に見えないところでスキップできるようになっていると思った。働き方もそんなものだ。
「少年メリケンサック」(監督, 宮藤官九郎/宮崎あおい、佐藤浩市、木村祐一、田口トモロヲ、三宅弘成/2009)を DVD で鑑賞。
ディティールに目がいく。勢い良く開け閉めされるパソコンとか、飛び散る血の切っ先までシメられている感じ。トムとジェリーのように小気味良い。
パンクバンドを主題にした映画でありながら、その実は夢と現実への営み=労働というのをちゃっちいメッセージに留めず、印象になっていて良いなと思った。聖と俗の見え隠れの語り口は得意とするところだろう。大人になっても髪立てると見えるもんもあるというか。この形容はちゃっちいかもしれないが。
先日の博多での朝にテレビで「未来講師めぐる」(脚本, 宮藤官九郎/深田恭子、勝地涼/2008)の再放送がやっていて、面白く、見入ってチェックアウトに遅れるところだった。
勝地涼はメリケンサックにも出ていて、どちらも夢見男の泣き笑いである。
http://www.meriken-movie.jp/
http://www.tv-asahi.co.jp/meguru/index_top.html
「少年メリケンサック」(監督, 宮藤官九郎/宮崎あおい、佐藤浩市、木村祐一、田口トモロヲ、三宅弘成/2009)を DVD で鑑賞。
ディティールに目がいく。勢い良く開け閉めされるパソコンとか、飛び散る血の切っ先までシメられている感じ。トムとジェリーのように小気味良い。
パンクバンドを主題にした映画でありながら、その実は夢と現実への営み=労働というのをちゃっちいメッセージに留めず、印象になっていて良いなと思った。聖と俗の見え隠れの語り口は得意とするところだろう。大人になっても髪立てると見えるもんもあるというか。この形容はちゃっちいかもしれないが。
先日の博多での朝にテレビで「未来講師めぐる」(脚本, 宮藤官九郎/深田恭子、勝地涼/2008)の再放送がやっていて、面白く、見入ってチェックアウトに遅れるところだった。
勝地涼はメリケンサックにも出ていて、どちらも夢見男の泣き笑いである。
http://www.meriken-movie.jp/
http://www.tv-asahi.co.jp/meguru/index_top.html
日曜日, 9月 13, 2009
詩集 綴じる
information です。
◆ いままでの幾つかの作品を収録した詩集を発行しました。
収録作品
言葉で願う夜
言葉は窓
記憶の星座化
おじいさんに会いに行く、冬。
徘徊する詩 愛の前
「村田 仁/murata jin」
第二版 2009年8月22日発行(初版15部)
編集 発行人・村田 仁
印刷・机上
定価 千円(税別)
取り扱い店舗
金沢21世紀美術館 ミュージアムショップ
ナディッフ愛知
◆
一枚ずつプリンターで刷り、自ら鳩目綴じをして作る。昨晩、同じく新幹線で横断してきて終電で戻り、やはりワープ感覚。ゆっくりしようと言いながら十部ほど綴じる。二匹は壁にへばりつく。猫の鬱はいぶかしげ。
◆ いままでの幾つかの作品を収録した詩集を発行しました。
収録作品
言葉で願う夜
言葉は窓
記憶の星座化
おじいさんに会いに行く、冬。
徘徊する詩 愛の前
「村田 仁/murata jin」
第二版 2009年8月22日発行(初版15部)
編集 発行人・村田 仁
印刷・机上
定価 千円(税別)
取り扱い店舗
金沢21世紀美術館 ミュージアムショップ
ナディッフ愛知
◆
一枚ずつプリンターで刷り、自ら鳩目綴じをして作る。昨晩、同じく新幹線で横断してきて終電で戻り、やはりワープ感覚。ゆっくりしようと言いながら十部ほど綴じる。二匹は壁にへばりつく。猫の鬱はいぶかしげ。
土曜日, 9月 12, 2009
ドンタコスおじさんと横顔の猫が行く!
起きると大雨。チェックアウトの時間にロビーでは人が多く待ちぼうけをしていた。そこにあった傘の自販機には手を出さず、ホテル向かいのコンビニまで走って、そこで買う。同じ値段でジャンボ仕様のを得られた。バス停まで行き、移動。
福岡アジア美術館で、アジアトリエンナーレ を見る。多い!
インドのマルチビジョンによる映像や、比嘉豊光の沖縄の写真が強かった。
美術館から少し離れたスペースで行っていた「西京人」(小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソックによるアーティストユニット)の展示も面白い。
金沢で出会った牛島さんと会う。名古屋名物 カエルまんじゅうと詩の本を二冊献上。拙書と「詩のこころを読む」(著, 茨木のり子/1979)。拉麺 食べる。にこにこ。
福岡市美術館にて「コレクション/コネクション 福岡市美術館の 30年」を鑑賞。めちゃ多い!
オーギカナエさんのキッズコーナー「森のたね」にてワークショップ「ふわふわペットを作ろう」で作る。手袋で横顔の猫に挑み、いかつい口になった。ドンタコスおじさんはセンスあって可愛気だったが。
所狭しと作品が並ぶ。中学生が学芸員体験として、企画展を考えプレゼンをして実際に展示も行われる「ジュニアキュレーター見参!」の直接解説も偶然受けた。作品は同じでも語られ方は異なることができるという大きな取り組みで良いなと思った。
武蔵を超え、ダリを超え、野村誠さんの楽譜を集めているうちに閉館の時刻になる。
牛島さんとは展示を見る前に、別れていた。またどこでも会えればと思う。
雨のなか送ってもらった車内では、CD を最初から聴く、停めるでのやり取りが楽しかった。
そこに住む人と話すとほっとするという感触を思い出したんだ。
http://www.ft2009.org/jpn/index.html
http://xijingmen.net/
http://www.fukuoka-art-museum.jp/jb/html/jb01/2009/anv30/col_con1.html


福岡アジア美術館で、アジアトリエンナーレ を見る。多い!
インドのマルチビジョンによる映像や、比嘉豊光の沖縄の写真が強かった。
美術館から少し離れたスペースで行っていた「西京人」(小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソックによるアーティストユニット)の展示も面白い。
金沢で出会った牛島さんと会う。名古屋名物 カエルまんじゅうと詩の本を二冊献上。拙書と「詩のこころを読む」(著, 茨木のり子/1979)。拉麺 食べる。にこにこ。
福岡市美術館にて「コレクション/コネクション 福岡市美術館の 30年」を鑑賞。めちゃ多い!
オーギカナエさんのキッズコーナー「森のたね」にてワークショップ「ふわふわペットを作ろう」で作る。手袋で横顔の猫に挑み、いかつい口になった。ドンタコスおじさんはセンスあって可愛気だったが。
所狭しと作品が並ぶ。中学生が学芸員体験として、企画展を考えプレゼンをして実際に展示も行われる「ジュニアキュレーター見参!」の直接解説も偶然受けた。作品は同じでも語られ方は異なることができるという大きな取り組みで良いなと思った。
武蔵を超え、ダリを超え、野村誠さんの楽譜を集めているうちに閉館の時刻になる。
牛島さんとは展示を見る前に、別れていた。またどこでも会えればと思う。
雨のなか送ってもらった車内では、CD を最初から聴く、停めるでのやり取りが楽しかった。
そこに住む人と話すとほっとするという感触を思い出したんだ。
http://www.ft2009.org/jpn/index.html
http://xijingmen.net/
http://www.fukuoka-art-museum.jp/jb/html/jb01/2009/anv30/col_con1.html



金曜日, 9月 11, 2009
花・風景
乗り遅れると、パアになるという条件なので安いという宿付き新幹線チケットを見つけ、九州へ行くことにした。
昨夜は遠足前の興奮で眠れず、三時間程度の睡眠の後に乗り込む。車内で寝ているうちに着く。実感は無いが、福岡駅だ。そのまま乗り換えて熊本へ移動。熊本駅からは路面電車に乗るので、そこで一気に違う町へ来たという感じがした。だいぶ前には岐阜にもあった。まちなかの雰囲気が出て好きだなぁ。
熊本市現代美術館の前で降りて、「花・風景」展を見る。
モネと現代日本のアーティストたちが副題に付いている展覧会で、花をモチーフにした現代美術作家が三名出ている。大巻伸嗣のインスタレーション。蜷川実花の写真作品。名知聡子の絵画だ。個人的にはもっと混ぜた展示でも面白いんじゃないかなと思ったけど、ひとつひとつをじっくり見ることはできた。名知さんの絵は、愚直な思いが真正面にある。そこを引き止めたら何にもならないじゃんと言われているよう。
美術館に併設されている図書館にはタレル作品や、草間弥生作品が常設してあって充実していて面白い。横尾忠則展もここでやってたのを知る。
アーケード街をぶらぶらしたのちに「夏目漱石内坪井旧居」へ行く。住宅地のなかにあって、入ると、近くの中学校の武道場からの活気が聞こえてくる。家屋はほぼそのままで穏やかな空気が流れている。解説パネルが並べられていて、写真撮影可になっている。お客さんは皆デジカメで撮っていた。製造四枚目の夏目漱石千円札とか、骨格から作った漱石の声をラジカセのテープで聞いたりとか、はては実物大(?)のからくり人形まで!お茶目なものも展示されている。漱石先生が執筆していたと思しき部屋に、現行刊の「坊ちゃん」らが並んでいるのも感慨深い。漱石は引っ越し魔だったらしく、ここは熊本で五番目の家らしい。ここで新婚生活と娘の誕生を過ごしたらしいので最も長く住んでいたとのこと。それでも、一年と八ヶ月だというのだから、あんまり長居できない性格なのだろうか。「それから」それからと次々に移っていくことが活力であったのかな。
熊本城の石垣を見上げ、交通センターで おてもやんと会い、辛子蓮根を購入。また路面電車で戻り、特急の割引券で博多へ。
戻りの路面電車は、床が板張りで風情があって良かった。留学生風の外国人が多く乗っていて、住居区のような駅に一人ずつ降りていった。
着いたらすっかり暗い。宿でお風呂に入ったあと、天神の川沿い 屋台街で食べる。ビールともつ鍋をつついていたら、ビジネスマンのおじさん団体と相席になり、既に酔っていらっしゃるので一緒に飲む。一人の方が 白iPhone だったのに反応し、僕も iPhone 黒の安いのですけどと見せると、今日そこのアップルストアで買ってきたんだと 出たばかりの iPod nano を見せてもらう。動画しか撮れないんだと教えられる。ここは何時まで開いているの?と聞かれて、よそ者なんですと答えたら、おじさんらもそうだと。すぐにじゃあねと去って行かれた。我々はもう一件だけ小さな餃子店で少し食べて、親子でやっている姿にグッと見入ってしまった。テレビにて今日は9.11だとのドラマがやっていた。24時間営業のダイエーで明日の朝食などを求める。辛子蓮根を冷蔵庫に入れておく。
花より団子というシメではなく、花と風景のごった煮という感じだ。
http://www.camk.or.jp/event/exhibition/flower/
http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?type=A&id=79




昨夜は遠足前の興奮で眠れず、三時間程度の睡眠の後に乗り込む。車内で寝ているうちに着く。実感は無いが、福岡駅だ。そのまま乗り換えて熊本へ移動。熊本駅からは路面電車に乗るので、そこで一気に違う町へ来たという感じがした。だいぶ前には岐阜にもあった。まちなかの雰囲気が出て好きだなぁ。
熊本市現代美術館の前で降りて、「花・風景」展を見る。
モネと現代日本のアーティストたちが副題に付いている展覧会で、花をモチーフにした現代美術作家が三名出ている。大巻伸嗣のインスタレーション。蜷川実花の写真作品。名知聡子の絵画だ。個人的にはもっと混ぜた展示でも面白いんじゃないかなと思ったけど、ひとつひとつをじっくり見ることはできた。名知さんの絵は、愚直な思いが真正面にある。そこを引き止めたら何にもならないじゃんと言われているよう。
美術館に併設されている図書館にはタレル作品や、草間弥生作品が常設してあって充実していて面白い。横尾忠則展もここでやってたのを知る。
アーケード街をぶらぶらしたのちに「夏目漱石内坪井旧居」へ行く。住宅地のなかにあって、入ると、近くの中学校の武道場からの活気が聞こえてくる。家屋はほぼそのままで穏やかな空気が流れている。解説パネルが並べられていて、写真撮影可になっている。お客さんは皆デジカメで撮っていた。製造四枚目の夏目漱石千円札とか、骨格から作った漱石の声をラジカセのテープで聞いたりとか、はては実物大(?)のからくり人形まで!お茶目なものも展示されている。漱石先生が執筆していたと思しき部屋に、現行刊の「坊ちゃん」らが並んでいるのも感慨深い。漱石は引っ越し魔だったらしく、ここは熊本で五番目の家らしい。ここで新婚生活と娘の誕生を過ごしたらしいので最も長く住んでいたとのこと。それでも、一年と八ヶ月だというのだから、あんまり長居できない性格なのだろうか。「それから」それからと次々に移っていくことが活力であったのかな。
熊本城の石垣を見上げ、交通センターで おてもやんと会い、辛子蓮根を購入。また路面電車で戻り、特急の割引券で博多へ。
戻りの路面電車は、床が板張りで風情があって良かった。留学生風の外国人が多く乗っていて、住居区のような駅に一人ずつ降りていった。
着いたらすっかり暗い。宿でお風呂に入ったあと、天神の川沿い 屋台街で食べる。ビールともつ鍋をつついていたら、ビジネスマンのおじさん団体と相席になり、既に酔っていらっしゃるので一緒に飲む。一人の方が 白iPhone だったのに反応し、僕も iPhone 黒の安いのですけどと見せると、今日そこのアップルストアで買ってきたんだと 出たばかりの iPod nano を見せてもらう。動画しか撮れないんだと教えられる。ここは何時まで開いているの?と聞かれて、よそ者なんですと答えたら、おじさんらもそうだと。すぐにじゃあねと去って行かれた。我々はもう一件だけ小さな餃子店で少し食べて、親子でやっている姿にグッと見入ってしまった。テレビにて今日は9.11だとのドラマがやっていた。24時間営業のダイエーで明日の朝食などを求める。辛子蓮根を冷蔵庫に入れておく。
花より団子というシメではなく、花と風景のごった煮という感じだ。
http://www.camk.or.jp/event/exhibition/flower/
http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?type=A&id=79





木曜日, 9月 10, 2009
光をどれだけ見ているか
水曜日, 9月 09, 2009
多元的ワル
昨晩は朝まで飲み明かす次第。
「多元的ワル」という言葉が出てきた途端、スウィッチが入った。
あらゆるものは同時進行で、多元的に連動している。
ワルの位置に立つと見渡しやすいのでそーなる。
昼過ぎに起きて今日も構想領域の整理整頓と掃除。今週の平日はずっとこれっぽい。
「something」(詞,曲, George Harrison/1969)を聴く。
ビートルズのリマスタリングが出るらしい。また?という感じだけど、今回の押しはオリジナルがモノラルであったアルバムは、モノラルでCD化するということ。ステレオだから良いというわけではなく、モノの良さがあるという話が面白い。一元的に突き進むだけの貧しさが明らかにされているのだろう。なんてこじつけ考察し、全く関係の無い散らかったコードの束ね軸とか、蝶番とかどこにしまおうなんて思ってみる。
http://www.youtube.com/watch?v=XDTi_La94Uo&feature=PlayList&p=BF830BC4FF11F2B8&playnext=1&playnext_from=PL&index=1
「多元的ワル」という言葉が出てきた途端、スウィッチが入った。
あらゆるものは同時進行で、多元的に連動している。
ワルの位置に立つと見渡しやすいのでそーなる。
昼過ぎに起きて今日も構想領域の整理整頓と掃除。今週の平日はずっとこれっぽい。
「something」(詞,曲, George Harrison/1969)を聴く。
ビートルズのリマスタリングが出るらしい。また?という感じだけど、今回の押しはオリジナルがモノラルであったアルバムは、モノラルでCD化するということ。ステレオだから良いというわけではなく、モノの良さがあるという話が面白い。一元的に突き進むだけの貧しさが明らかにされているのだろう。なんてこじつけ考察し、全く関係の無い散らかったコードの束ね軸とか、蝶番とかどこにしまおうなんて思ってみる。
http://www.youtube.com/watch?v=XDTi_La94Uo&feature=PlayList&p=BF830BC4FF11F2B8&playnext=1&playnext_from=PL&index=1
火曜日, 9月 08, 2009
Go Go Next!(次、行ってみよー)
月曜日, 9月 07, 2009
君のこと全て感じてる
福満しげゆき先生の漫画が中古でかなと思って、近所のブックオフもどきの店をチェックした。福満先生は無かったけど、山本直樹先生!のアンソロジーがあって、買おうかどうしようか迷ったあげくに止めた。
「9月の海はクラゲの海」(詞, 佐伯健三/曲, 岡田徹/1994)のリピート。
一日中、手伝ってもらいながら構想領域の掃除をする。梱包したままの機材類のなかには机もあったので組み立ててもらう。
三人がかりだとすぐに出来た。
すぐにここに来て、いろんなことののちに通い出すだろう。
君のことを聞いている? 知らないよと言う前に。
いや、君のこと全て感じてると言っているから、そうなんだ。
海に行って、写真を撮りたい。
一日中、パソコンを行き来させているとそんな気持ちにもなる。
ネットサーフィンという言葉には、強い願望があるんだよと講釈をたれようとしたらもう手伝い面子はいなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=24z_v0IM3Sg
「9月の海はクラゲの海」(詞, 佐伯健三/曲, 岡田徹/1994)のリピート。
一日中、手伝ってもらいながら構想領域の掃除をする。梱包したままの機材類のなかには机もあったので組み立ててもらう。
三人がかりだとすぐに出来た。
すぐにここに来て、いろんなことののちに通い出すだろう。
君のことを聞いている? 知らないよと言う前に。
いや、君のこと全て感じてると言っているから、そうなんだ。
海に行って、写真を撮りたい。
一日中、パソコンを行き来させているとそんな気持ちにもなる。
ネットサーフィンという言葉には、強い願望があるんだよと講釈をたれようとしたらもう手伝い面子はいなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=24z_v0IM3Sg
日曜日, 9月 06, 2009
みんなここまで故さ
土曜日, 9月 05, 2009
その場しのぎの空気
あっちまでいって、帰ってこなきゃいけない。
あっちまでいって、あっちのままだと、いつもこっちだけになる。
どこへ行くのではなく、どう帰るか。
時間はかけらになって帰ってくる。
「ある光」(詞,曲, 小沢健二/1997)はテレビでも歌っていたのかと知った。
自転車が完全にパンクしていたので、お店まで引いていったら、もうフレーム自体が逝ってしまっているので新しいのを買ったほうが安いよと言われる。チェーンも外れたりするのは納得だった。持ち合わせも無いので、考えますと言ってその場しのぎの空気だけ入れてもらって帰る。帰りは引かずに乗ってみた。
がったん、がったん言いながら走る。
中学生のときに友人ら三人で参加した釣り大会で、釣れないからと言って勝手に帰ったことがあった。
大会本部では川に落ちたんじゃないかと捜索がはじまる寸前だったらしい。
帰って、叱られた。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=P6gGIzeFP7c&fmt=18
あっちまでいって、あっちのままだと、いつもこっちだけになる。
どこへ行くのではなく、どう帰るか。
時間はかけらになって帰ってくる。
「ある光」(詞,曲, 小沢健二/1997)はテレビでも歌っていたのかと知った。
自転車が完全にパンクしていたので、お店まで引いていったら、もうフレーム自体が逝ってしまっているので新しいのを買ったほうが安いよと言われる。チェーンも外れたりするのは納得だった。持ち合わせも無いので、考えますと言ってその場しのぎの空気だけ入れてもらって帰る。帰りは引かずに乗ってみた。
がったん、がったん言いながら走る。
中学生のときに友人ら三人で参加した釣り大会で、釣れないからと言って勝手に帰ったことがあった。
大会本部では川に落ちたんじゃないかと捜索がはじまる寸前だったらしい。
帰って、叱られた。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=P6gGIzeFP7c&fmt=18
金曜日, 9月 04, 2009
くれない埠頭
海へ行く日まで、塩を机の上に置く。
写真を整理するように書いた詩をまとめるには時間がかかりそうだ。
「くれない埠頭」(詞,曲, 鈴木博文/1982)を口ずさみたい、部屋で一人。
夏の前に一時停止していた事を再生できるように物をあっちへこっちへ動かす。
http://www.youtube.com/watch?v=gZ-8ZgxqPuo&feature=related
写真を整理するように書いた詩をまとめるには時間がかかりそうだ。
「くれない埠頭」(詞,曲, 鈴木博文/1982)を口ずさみたい、部屋で一人。
夏の前に一時停止していた事を再生できるように物をあっちへこっちへ動かす。
http://www.youtube.com/watch?v=gZ-8ZgxqPuo&feature=related
木曜日, 9月 03, 2009
手の中の幾何学
豊田市美術館にてジュゼッペ・ペノーネ展を見る。
「宝石箱」(2007)は実際の大きさよりも広がっていく姿を想像させる。「手の中の幾何学」(2007)で、有機的ななかにかたちと秩序を見つける目を魅せられた。無限の目があらわれるかどうかで大きく変わってくると思う。
大きさは必然。定まっていればずっと広がる。
http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2009/special/giuseppe_penone.html
「宝石箱」(2007)は実際の大きさよりも広がっていく姿を想像させる。「手の中の幾何学」(2007)で、有機的ななかにかたちと秩序を見つける目を魅せられた。無限の目があらわれるかどうかで大きく変わってくると思う。
大きさは必然。定まっていればずっと広がる。
http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2009/special/giuseppe_penone.html
水曜日, 9月 02, 2009
僕の小規模な生活を愛読している
金沢の滞在していた部屋から自分で送った荷物をほどく。
詩集の刷り損じなども出す。
シャンプーやトイレットペーパーなどはそのまま自室で使う。
食器類を百円ショップにしなくて良かった。暫定的使用だと、すぐに捨ててしまうことになる。包丁だけはやけにしっかりしていたので、唯一 百円店で購入したもの。
それから、何故か金沢で購入し異様にハマってしまった 福満しげゆきの漫画「僕の小規模な生活」(著, 福満しげゆき/2006-)を本棚へ入れる。実直な愛が語られていて、面白い。一人で泣きわめくくだりにグッと来た。実家の描写感なども絶妙なのである。
室生犀星の本も机上に置く。きっと馴染んでいくだろう。
http://www.k5.dion.ne.jp/~fukuyuki/
詩集の刷り損じなども出す。
シャンプーやトイレットペーパーなどはそのまま自室で使う。
食器類を百円ショップにしなくて良かった。暫定的使用だと、すぐに捨ててしまうことになる。包丁だけはやけにしっかりしていたので、唯一 百円店で購入したもの。
それから、何故か金沢で購入し異様にハマってしまった 福満しげゆきの漫画「僕の小規模な生活」(著, 福満しげゆき/2006-)を本棚へ入れる。実直な愛が語られていて、面白い。一人で泣きわめくくだりにグッと来た。実家の描写感なども絶妙なのである。
室生犀星の本も机上に置く。きっと馴染んでいくだろう。
http://www.k5.dion.ne.jp/~fukuyuki/
火曜日, 9月 01, 2009
登録:
投稿 (Atom)