皆、朝になるまで語り明かしていた。僕はうつらうつら聞いていただけだったけれど。
車で泰から近所まで送ってもらってから、少しお茶をしたときに目が覚めた。
自分は早く大人になりたいと聞いた。
言葉に追いつけない自分はいないはずだった。
それを言っている時点で、常に覚悟だと思う癖が、僕にはある。
それから昨夜の分を眠るとき、高速道路と飛行場には連休を遠くで謳歌した大人たちがごったがえしていた。子どもたちは、拡張現実の機能を持ったカメラアプリが iPhone についに出たという騒ぎをしていた。大人になるほど人生は楽しくなるものだよと、キヨシローも言っていて、それに勇気づけられたという話は良いなと思った。同じく僕も楽しいんでしょうと言われる。金さえあれば、今すぐ泰にでも行くさ。大人は何だってできるんだからねと返す。この店でしかダウンロードできないからと、DS をかざす子どもたち。カビ臭い布団を画室に敷いて寝た。大人になっても車が運転できなくて、散乱したホイールを踏んでしまって、レンタカーの修理費に怯える夢を見た。寝オチかよと批判される夢も。
起きたときには夜で、社長の早退を告げるとメール打つ。中学生の英語と、大人の詩。届いたMD から「私たちの子ども」の録音を聴いた。詩と音楽は一生かかるだろうと聞く。