木曜日, 12月 13, 2007

Our daily bread/いのちのたべかた

今池シネマテーク、六時半からの回に十分遅れで入る。映画「いのちのたべかた」(原題, Our daily bread/監督, /ニコラウス・ゲイハウター/2006)を鑑賞。

チラシや前情報にあったとおり、何の解説も講釈も無い。言葉というものが一切表出してこない。ただ淡々と食肉工場での作業風景が撮られていく。カメラは不用意なパンをせず、かっちりした構図を持っている。アピールされるサービスではなく、咀嚼する自由がある映像なので、ずっと見ていられる。奇麗な画面は、ただのありふれた日常であるという構造が映画である。残酷に思えるシーンも、映画を以てすれば気持ち悪くなるようなものではない。もっと非道で残虐な映像はたくさんある。

この映画の原題は「Our daily berad」で、訳は「私達の毎日のパン」だが、どうも決まり文句のような言葉らしく「日々の糧」であるという。聖書の言葉のようだ。それが邦題では「いのちのたべかた」となる。これは森達也の同名著書からで、内容がシンクロする点から名付けられているのだが、少しメッセージ性が強くなっているように受ける。それが日本の映画配給会社の戦略だと批判するのもできるが、ここには食べ物に対する態度の違いがあるとも考えてみる。
キリスト教の食事前の言葉は「主よ、この食事を用意して下さった方々と、これからいただく私たちを祝福してください。」というもので、神に感謝と祈りを捧げるが、日本では「いただきます」に全集約していて大きい。食べるいのちへの言葉だ。

http://ourdailybread.at/jart/projects/utb/website.jart?rel=en

http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/