金曜日, 7月 10, 2009

私はここにいて、これを見ている

ヱヴァで開眼したと彼は嬉しそうに語ってくれた。それは冗談などではなく、それくらいの気合いは注入されるであろう体験だろう。斜に構えたところから誠実な何かへ向かっていく姿はいつも強い。その力が引き出されるという可能性を信じている物語であったように思う。これからまた多く語らい、反芻していくはず。
僕がいま徘徊しながら繋げている詩は、その場で運命的に発している詩だが、それもまた語られるなかで物語として反芻される。モノと、コトは出会い、別れの交錯を経て、記憶になっていく。ヱヴァを体験した我々はただ、音と光の動きを前にしていて、人物はおそらく誰かであると、これから見て行く。

私はここにいて、これを見ていると言っている画面は強い。僕は寝るのが惜しい気持ちで、内職的に鞄を掃除したりずっとしていた。刷り出した猫の鬱の紙は、えらくでかい。