その夜、僕は直子と寝た。そうすることが正しかったのかどうか、僕にはわからない。二十年近く経った今でも、やはりそれはわからない。たぶん永遠にわから ないだろうと思う。でもそのときはそうする以外にどうしようもなかったのだ。彼女は気をたかぶらせていたし、混乱していたし、僕にそれを鎮めてもらいた がっていた。
(中略)
全てが終わったあとで僕はどうしてキズキと寝なかったのかと訊いてみた。でもそんなことは訊くべきではなかったのだ。直子は僕の体から手を離し、また声も なく泣きはじめた。僕は押し入れから布団を出して彼女をそこに寝かせた。そして窓の外を降りつづける四月の雨を見ながら煙草を吸った。
「ノルウェイの森」(村上春樹/1987)文庫版 76ページより
それから、猫の鬱は体に寄り添ってきた。
ぬるい朝の空気が窓から入ってくる。光は均等にあり、僕はしなければならないことを転がしていた。
「ビビっているだけじゃん」
「うん、ビビっている」
これらは対極な位置に浮かぶ星座である。離れながら二つの星座は関連している。いや、天体、この空において、全ての星座は連なりを持っている。星の光は数万年前のものでも、ちゃんとその輝きを届けているのだ。
言葉がいつ届くのかは知らない。
僕の言葉も、君の言葉も、はたしていつ届くのかは分からない。
僕は文庫版の「ノルウェイの森」を開いた。どこをいくらめくっても、ドイツで散々話した「充電」の場面はあらわれない。
帯には「限りない喪失と再生の物語」とある。
僕の探し方が悪いのか。
ただの勘違いなのか。
そもそも想像していただけなのか。
やみくもに、この言葉に降りようとする自分を自覚する。
こちらを見てくる君の
声を待っている僕の
静かな夜に眠りたいだけの
こと