時間給仕事の後は、一時間でも尊いものとなる。僕の考えることと、発せられる言葉の間、そこを行き来しているのは尊い時間であった。
考えること、見極めることはどれだけでも丁寧にして、書くときは一瞬と読んだのと、君は言った。
シャッターを切るときも一瞬だ。
丁寧にして。
翌朝、歯を磨く。
電車のなかでまた小説を開いた。読みたい部分だけを読んだ。隣の席の男は、忙しそうに弁当をかき入れていた。酢飯の匂いがプンとしていた。僕は「抱きしめ たい」ではなくて「抱きしめる」なんだと言ったことを思い出した。それは現在形、願望や希望ではなく、状態だけを示す言葉であるから、僕は持つのである。 そして丁寧に、帰ったら部屋を掃除する。
山ほどの、読まなくてもいい言葉が、有り余っていると思う。
尊い時間の為に。
*
「でももしそうだとしても僕の残り半分は君の耳ほど輝かしくはないさ」
「たぶん」と彼女は微笑んだ。「あなたは本当に何もわかってないのね」
彼女は微笑みを浮かべたまま髪を上げ、ブラウスのボタンをはずした。
「羊をめぐる冒険」(村上春樹/1985)上巻、71ページより