木曜日, 7月 13, 2006

この汗は緊張の汗だ。

この汗は緊張の汗だ。
銀行のテレビ窓口で、遠く離れたコールセンターの受付の女性の動画と向かい合う。十センチ角ほどの画面の中でおじぎをする女性。彼女はオペレーターとして は優秀な成績を持っている。午後二時半に僕は汗だくで建物の中に入った。冷房がよく効いた銀行の、更にテレビ窓口という仕切られた囲いの中で、僕は盗撮さ れながら契約を行った。何のことはない。海外でも使うことができるようにキャッシュカードの口座を移項するだけの手続きである。コンマ五秒ほど遅れて動く 彼女の動画は明朗な声で僕を見てきて話しかける。彼女が動くのに合わせてひび割れのように起こるピクセルのブレが、おそらく僕の画面にもギザギザと刻まれ ている。僕は彼女の勤める銀行ととある契約をしたが、僕と彼女が会っているわけではなかった。

この汗は緊張の汗だ。
福岡事務所から味噌蔵へ移って定例会議をして、夕食をチェーン店でとった。恒例のコースを辿って、僕らは机に向かっていた。これからのことがどうなるかわ からないよねという話に尽きていた。チェーン店の台所は暖簾で仕切られていて見えない。バイトの女の子が洗いものをしている姿が見えたが、暖簾の位置が顔 にあたるので、首から下だけがせっせと動いているように見える。帰りの車中では、テレビで見た「マイ水筒のブーム」を小ネタとして話した。東京などでは、 カフェーにて水筒にお茶を入れてくれるサービスをしているらしい。水筒を作っている企業が若者達に広めようと仕掛けているのだ。名古屋でも一店舗がはじめ るらしいけど、詳細は教えてくれなかった。僕もこの頃 バイト先でよくペットボトルを消費してしまっているから、マイ水筒デビューをしたいと思っている。
彼女が、水かお茶のペットボトルを何度も使い回して水筒代わりにしているので、それは細菌とかが発生しちゃうからいかんよと教えた。この情報は大学院のと きに河合さんに教えてもらった情報である。あのとき、海外の各種ナチュラル水を飲むのがアトリエ内で流行っていて、洒落たデザインのペットボトルを捨てず に使っていたのだ。
この汗は緊張の汗だ。
電車がもう発車しようと していた。腰を上げて飛び出せば市街地であった。面倒な状況から逃れて、しばしの安息をとることができると思った。利己的で自由奔放に陰鬱さを兼ね備えた 自分の顔、向かいのガラスに映るのであった。電車が高速で地下の筒内を滑っている間はそうだ。乗り換えると、二人の男子中高生が足を大きく広げて横柄に何 やら愚痴をたれていた。チョコボールの袋の口を開けて足下の鞄の中に入れ、靴を脱いで椅子の上にふんぞり返っては、手を下に延ばしてチョコをつまんでい る。そのうちに一個のボールが指から転げ落ちた。彼らは止めようとしたが、向こうに行ってしまったので「まぁいいやな」と言って笑っていた。それから暫く して、地下を抜け出たあたりが上り坂になっているようで傾斜が起こり、さっきのチョコボールがコロコロと返ってきた。彼らは女子がどうしたとかいう話に夢 中で気付かない。ちょうどチョコボールは、コンバースのハイカットの向こうで止まった。

この汗は緊張の汗だ。
夜の窓枠に猫の鬱がいる。
外からの街灯に照らされ、シルエットになっている。扇風機は強。あと数週間でこの景色が恋しくなるかもしれない。
鬱がどすんと飛び降り、目を光らせた。
こっちに寄ってきてコードを噛む。
やめろう。
それからタイマーのボタンを押したのだ。